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古出雲パワースポット(バックナンバー)

 

ふる出雲パワースポット

ふる出雲パワースポット
 
  ‘ふる出雲へようこそ’
 
古代出雲=古出雲=ふる出雲!
 
ん~何か、面白いコーナーは出来ないか?
と思いめぐらせていたところ、
 
ふと思ったのです。
 
出雲は、大和に国譲りをしたとの伝説。
 
大和から派遣され、その後
この地を千数百年にわたり治めるのが
出雲国造家である。これは現実。
 
ここから以降の出雲は、専門家の先生方に
おまかせしましょう。
 
此処では!
それ以前の古い出雲=‘ふる出雲’に
スポットを当てましょう  
 
と企画されたコーナーなのであります。
 
(無神論者で有名な私ですから、偏見なく
面白い企画となるのでは    とあいなった次第であります。)
 
さあ伝説の世界を旅しましょう!
 
   ‘ふる出雲’をひも解く言霊は
 
歴代‘ふる出雲大女神々様’の存在。
 
巨大鮑(オオアワビ)のアワビ玉。
(巨大アバロニパール)
 
   ‘ふる出雲製特殊土器’
(超長時間低温オートクレーブ)のようなもの。
 
『於宇』=撫士=薬草/トリカブト。
 
海上の‘土の道’(薬草・土器)と
山中の‘塩の道’(薬草・塩・食料)。
 
翡翠(ヒスイ)の勾玉工作集団。
 
 
知られざる磐座(いわくら)と
未発掘の神名火。
 
  ‘新出雲’の民が古事記に
書きたくても書けなかった
知られざる歴史探検。
 
さぁ!謎解きがはじまります  
 
 
 
古代出雲パワースポット①
 
まず
紹介いたしますのは
鳥取県にある三つの国宝の中の
一つであります
 
国宝『倭文神社』
読み方は、「しとりじんじゃ」
正確には、本殿より180m奥の
山中にあった
オオナムジ(大穴持)の娘⇒下照姫の御墓と
伝承されていた古墳から出土した
たくさんの物を一括して
国宝:伯耆一ノ宮経塚出土品となっております。
 
 
東郷湖のほとりにある小高い山を
出雲山と申します。
 
その奥山の頂上付近にひっそりと
たたずむ神社。
 
ぐるり一周⇒3回くらい廻って見て下さい。
 
古代出雲パワー全開です  
 
 
 
 
 
 
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
 読み方は、「やおよろずのかみがみがちんざする」
何かを見つめる神獣
視線の先にあるものは
『白蛇?』
 
  ‘ふる出雲’の
キーワードは!
『交易小型船団』と
『ラグーン』=潟湖
 
ここ倭文神社のある
東郷湖もラグーンだ。
 
中海は
  ‘ふる出雲’最大の
ラグーン。
境水道・大橋川や
意宇川・朝酌川をとおり
宍道湖やたくさんの
パワースポットへと
結ばれていた事でしょう。
 
出雲市の神西湖も、
ラグーン。
 
東には、
鳥取の淀江潟~
鳥取の湖山池~
 
ここを通り
久美浜潟
離湖・三方五湖
北潟湖・河北潟を
中継し、
最終目的地の
新潟県小滝へ
向かった可能性がある
 
  ‘ふる出雲’の船団
を率いたのが、
 
各時代のオオナムジ=
大穴持であったのではないでしょうか。
 
 
‘ふる出雲’から
‘新出雲’へ、
そして大和へと歴史
が流れます。
 
代々のオオナムジが
歴史を繋ぎます。
 
 
‘ふる出雲’後期のオオナムジは
隠岐島海部経由~新羅ではなく
 
ラグーンを経由しながら
西海路にて
神西湖~五十猛~温泉津~
松原~三保三隅~須佐~
油谷~吉見~さつき松原~
宗像~沖ノ島~新羅に向かったはずだ。
 
 
こう考えると
‘古代出雲’は!
≒‘ふる出雲’は!
 
壮大なロマンになります。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
古代出雲パワースポット①
 
国宝『倭文神社』
 
薄暗い裏の森に横たわる大木の朽ち果てた
根っこ。
 
からみつく白い蛇のような物体に
ぞくっつとし、びびりまくります 
 
 
 
 
 
                                    やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
神獣の視線の先に
現れた
白蛇の化身のような
物体
 
 
 
 
オオナムジ(大穴持)=オオクニヌシ=大国主の
娘さんである
下照姫が御祭神との事。
 
願い事は一切せず、
丁重に御参りして帰ったのであります。
 
帰り道に寄った、宝くじ売り場で
たまたま購入した1,000円くじ!
 
次の日、びっくりたまげたのであります。
 
5,000円当たってました  
 
古代出雲パワースポット
凄いです。 
 
 
古代出雲
パワースポットの
金運力!に
びっくりです。
 
 
 
古代出雲パワースポット②
 
松江市/持田神社
読み方は、「もちだじんじゃ」
 
出雲風土記に733年持田社と記載がある
 
古い神社である事は間違いない。
 
松江城から言うところの鬼門にあたる場所に位置し
 
時の権力者から篤く庇護されていた歴史を持つ。
 
昔より脳病平癒のご利益がある神社として
専門家の間ではつとに有名。
 
この神社裏にある祠。
(写真右奥にありますとても小いさな石祠)
 
古代出雲パワー全開です。
 
 
首の無い狛犬ですが
実はこの右手下にこっちを見るように
 
首だけが  
 
地面にぺタ~っと張りついて
いるのであります。 
 
 
                           やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
奥にある小さな祠
手前は首の無い倒れた    ‘狛犬’
ここに来るまでに
複数の狛犬に吟味されます。
 
大昔、‘ふる出雲’地域は
決して農産物に恵まれた地方では無かったはずです。
 
田んぼ・稲畑を守る!神様が、お稲荷さんとなっていくのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
古代出雲パワースポット③
 
島根県にある六つの国宝の中の
一つであります
 
国宝『神魂神社』
読み方は、「かもすじんじゃ」
 
 
古代出雲パワースポット
星☆☆☆☆☆☆☆☆です。
 
 
神域の中にある
島根県の重要文化財です。
 
 
詳しくは説明いたしません。
 
 
丁寧に、御参りして下さい。 
 
 
古代出雲パワー
フルスロットルです  
 
 
 
 
                                    やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
 
重要文化財
二間社流造りの
貴布祢・稲荷両神社の
稲荷社の下
 
大昔より、この地方では
お稲荷さんは
金運を運ぶと言われ
大切にされてきました。
 
全国でもかなり
稀有な地域ではなかろうかと思います。
 
時の権力者や文化人は
何故かしら
お稲荷さんを
篤く庇護しました。
 
 
 
 
古代出雲パワースポット④
 
正林寺 秋葉社
(松江市大庭町)
 
秋葉社=‘あきばさん’とは、火の神様。
山の中にひっそりと祭られているところを
見ると。
 
この山全域を、山火事やら火災から
守っていると言う事でしょうか?
 
この山!
 
国宝『神魂神社』
読み方は、「かもすじんじゃ」
古代出雲パワースポット
星☆☆☆☆☆☆☆☆がある山なのです。
 
 
ここもアップしとかなくてはならないでしょう  
 
 
丁寧に、御参りして下さい。 
 
 
古代出雲パワー全開です  
山の中にある祠。
 
下に置かれた石は!
 
もしかして御神体 ?
 
木の扉が少しだけ
開いているのを見た
 
‘瞬間’
 
ゾクッつとします。
 
 
 
 
 
古代出雲パワースポット⑤
 
松江市/法吉神社
読み方は、「ほっきじんじゃ」
 
出雲風土記に733年法吉社と記載がある
 
古い神社である事は間違いないが
大昔に山の裏側にある鶯谷(うぐいすだに)より
移転してきたらしい。
昭和の初めまで菊の紋を使っていた神社。
 
御祭神は宇武加比売(はまぐりの神様)
オオナムジ(大穴持)=オオクニヌシが兄達に焼き殺された時
天から派遣された2人の女神の一人。
死んだオオクニヌシに薬を塗り⇒蘇生させたとある。
 
大国主の別名に
 
八千矛法吉主という名もあり興味深い。
 
この女神が法吉鳥(ほほきどり、ウグイスの事)に変身して
この郷に飛んできて鎮座したために
この地を法吉(ほっき)と呼ぶようになった 
という説話が出雲風土記にある。
 
写真には写ってないが
稲荷社の向こうの壁の陰に
 
首の無いお稲荷さんが一体いる。
 
 
首はないが
笑って見えるのです  
 
 
丁寧に、御参りして下さい。
 
 
古代出雲パワー全開です。
 
 
 
                                    やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
この神社周辺には
弥生時代~古墳時代の遺跡跡が多く
 
邑の原風景を残す景色がある。
 
 
出雲では、幸運の数字
という物があります。
 
スサノオを意味する
『8』
 
オオナムジ(大穴持)
=オオクニを意味する
『6』
 
そして
神魂神社の天井絵の
九雲=『9』
 
処変わればですが、
面白いですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この神社を山の方へ向かいますと
真山・白鹿山などの北山山系に続きます。
 
無縁仏のとても古そうな石墓あり
自然石を利用した石塔あり
清流あり、大きな池あり
マツタケや、食材となる山の幸も多く
ヤマドリ・キジ・イノシシ
薬草・野草あり
 
やはり大昔から人が住んでいたんだと
想像できる地域。
 
その山の陰にある変木。
 
道に迷った夕暮れ時、
 
ふと横をみるとたくさんのお墓群  
 
その裏山に立つこの木が眼に映った瞬間
 
ビビりまくります。  
 
 
 
                            やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
通称:墓裏の首吊り杉
 
伐ってはなりません。
 
近付かないでください。
 
いや、誰も近付きません・・・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
古代出雲パワースポット⑥
 
国宝『倭文神社』:伯耆一ノ宮経塚古墳
読み方は、「しとりじんじゃ」
 
古代出雲パワースポット
星☆☆☆☆☆☆☆☆です。
 
 
前述の通り
 
倭文神社本殿より180m奥の山中にある。
 
オオナムジ(大穴持)の娘⇒下照姫の御墓と伝承されていた処。
 
この古墳下より出土した物を一括して
国宝:伯耆一ノ宮経塚出土品となった。
 
行くにはかなり危険。
 
というのも御参りする人が少ない為か
急な坂道は土砂で埋もれ 
 
滑り台の如く斜面となっている為。
 
下まで滑り落ちようものなら
 
命の保証はありません。
 
遠くから丁寧に御参りしましょう  
 
 
古代出雲パワー全開です  
 
 
 
 
                           やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
古墳を堀ったまわりに
ぐるりと石杭が打ってある。
 
その穴を見守るように
石仏が鎮座する。
 
勿論、女神だ。
 
経塚出土品の
さらに下に、
何か埋まっているのではなかろうか?
 
写真中央の丸い石が
 
赤子の顔に見えた方。
要注意です・・・・。
 
キューピーに見えた方
幸運間違い無しです!
 
 
 
 
 
 
 
何気なく
 
ふらっと寄った
お店で、これまた‘たまたま’あった
 
宝くじの小さな売り場  
 
3種類を2枚づつ購入
 
 
翌朝、目が点となり  
 
ウルウル状態が30分続きました   
 
80,000円当たってます  
 
出雲古代パワースポット恐るべしです!
古代出雲金運パワーに
 
びっくりです!
 
 
 
古代出雲パワースポット⑦
 
米子市『粟嶋神社』
読み方は、「あわしまじんじゃ」
 
ふる出雲には神名火(神奈備)と呼ばれる処が
点々とある。
 
‘かんなび’とは、神が宿る場所であり
大きな山であったり、大きな滝であったり
大きな岩であったり、大きな島であったりする。
 
この粟嶋神社はまさに、島全体が神奈備であった
古代の森である。
 
大昔は、中海に浮かぶ島であったらしい。
おそらくここに上陸し、みそぎをしたのち
次の目的地に赴いたのであろう。
人を寄せ付けないような雰囲気を持つ。
 
宗像/沖の島は多紀理姫が御祭神の一人だが
(オオナムジ‘大穴持’の妻)
 
ここ米子/粟嶋の御祭神は、少名彦名である。
(オオナムジ‘大穴持’の親友)
 
残された幾つかの伝説が、
人がこの島に近付かないようにしていた
可能性あり。
 
もしかして大昔 
この島全体が宝物島だったのかもしれません。
 
古代出雲金運パワー全開です。
 
 
 
                           やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
山の頂上にある
 
おそらく稲荷社の残骸
 
この稲荷さん
ちょっと違います。
 
丁寧にお参りしましょう・・・・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
これは、たまたまなんでしょ~か  
 
ちょっと、大真面目に
ビックリしてます・・・・・・・
 
 
9,500円当たってます  
 
古代出雲パワースポット
 
すごいです  
 
 
 
 
 
ふる出雲金運パワー
にビックリです!
 
 
 
 
古代出雲パワースポット⑧
 
 
八束郡東出雲町揖屋2229 
『揖夜神社』
読み方は、「いやじんじゃ」
H23.8月より松江市となる。
 
 
出雲郷の周辺には
あの世とこの世の境界と言われる
黄泉の国への入り口があると
古代より伝承されてきました。
 
ひとつの候補地が此処です。
 
『黄泉比良坂』と申します。
読み方は、「よもつひらさか」
 
出雲郷と書いて
‘あだかえ’と読みます。
 
現在の出雲市とは全く違う場所に位置します。
 
ここに建つ、神社が、揖夜神社です。
 
大きな神社で、時の権力者達から
大きく庇護されていたことが一目でわかる神社です。
 
 
大昔は、このあたりは山の中で
もちろん、国道や県道もなかった時代、
この神社から、細い山道を山越えし
歩いて行くと、
疲れ果てたころ、
薄くらい森の中をぬけたさきに
『黄泉比良坂』があったとの事です。
 
  ‘ふる出雲人’的に考えれば、
島根半島上を大きく東西を結んだ直線上に
黄泉の国への入り口と
黄泉の国からの出口があると考えたはず。
 
そのキーワードは
①大岩=磐座(いわくら)。
②洞窟=大穴。
③洞窟の奥に有った、無数の人骨=黄泉の国の門番。
 
このキーワードで簡単に
黄泉の国からの出口を、特定出来ますよね!
 
 
 
                                   やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
本殿を右に右に
歩きますと
稲荷社がポツンと
離れて鎮座しています。
正面を丁寧に
お参りしますと
右手から視線を感じます・・・・・。
振り向いた瞬間!
 
古代出雲パワー
全開です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
古代出雲パワースポット⑨
 
松江市鹿島町佐陀本郷 
「志谷奥遺跡」
読み方は、「したにおくいせき」
 
出雲風土記には、神奈備山(かんなびやま)と
伝わる山が四つある。
 
①朝日山(松江市と鹿島町の境)=神名火山
②仏経山(斐川町)=神名火山
③大船山(平田市)=神名樋山
④茶臼山(松江市)=神名樋野
 
 
仏経山周辺からは、荒神谷の銅剣銅鉾
反対側から、加茂岩倉の銅鉾など
国宝がザクザクと出土した事は、周知の事実。
 
実は、この発見の十数年前
同じ‘かんなびやま’の一つである
朝日山の北東の谷から
銅剣6本、銅鐸2個が農夫により
偶然発見された。
 
島根県鹿島町本郷
「志谷奥遺跡」である。
 
車で行くには勇気がいる。
崩れ落ちそうな崖斜面に継ぎはぎ
だらけの道が150mつづく。
 
こんな急斜面に埋められていたとは  
 
そして興味深い事に
宝物を埋めた古代出雲人はある特色をもつ。  
 
荒神谷もそうだが、
ここ志谷奥からも
神奈備山である朝日山は一切見えない。
 
  ‘かんなびやま’からは、死角になる
小さな谷の斜面なのだ。
 
例えば、
Gogleの地図検索にて航空写真。
Yahooの地図検索にて地図等高線を
同時に比較すれば
なんとなく埋蔵場所を予想できるのだ。
未発見の茶臼山(埋蔵品)は、大井の無名の谷付近?
未発見の大船山(埋蔵品)は、平田の上奥付近の谷?
あるいは、北の立石とを結ぶ直線上の無名の谷付近?
などと素人が簡単に予想する事が可能となる。
 
 
朝日山=‘かんなびやま’と志谷奥遺跡を結ぶ
ライン上に私が個人的に
 
  ‘古代出雲パワースポット’
星☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
をつける、
「磐座」が鎮座するパワースポットが存在する。   
読み方は、「いわくら」
 
 
 
                           やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
1973年
この倒れかかっている
木標柱の崖下:1mの
付近より偶然
農作業中に発見された銅鐸2個と銅剣6本。
 
この発見により、
他の
神奈備山の詳細な調査がはじまり、
11年後の1984年
荒神谷358本の銅剣、
そして続く1996年
加茂岩倉の銅鉾の発見へと発展するのだ。
 
これら埋蔵場所の
キーワードは、
次の3つだ。
 
  ‘かんなびやま’
  ‘いわくら’
  ‘死角の谷’
 
ふる出雲最大の
神名火山は、
鳥取県大山だ。
 
ふる出雲最大の
磐座は、
鳥取県船上山だ。
 
この二つを結ぶライン
上にある死角谷は
琴浦町奥の山川・同じく
勝田ヶ山の名も無い谷
など
数えるほどしかない。
 
  ‘ふる出雲’最大の
ロマンである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
古代出雲パワースポット⑩
 
松江市鹿島町本郷畑垣
「恵曇神社」
読み方は、「えともじんじゃ」
 
御祭神は磐坂日子(スサノオの息子)
 
この神社の真裏から数十m登った山の
中腹に突如現れる
 
   巨石群  
 
磐座(いわくら)
 
  ‘古代出雲パワースポット’
星☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 
古代出雲パワーフルスロットル全開、
タコメーターフリキレマス。。。。。。。。  
 
この磐座を見た瞬間!
 
はぁ~、これが鎮座してるから
全国の神様が佐陀神社に集まるんだなぁ~と
思ったくらいパワーを感じます。
 
  ‘ふる出雲’すごいです  
 
 
 
 
                           やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
鎮守の森というよりは、
 
禁足の森であった
かのごとき
 
空気が漂ってます。
 
丁寧に丁寧に
お参りしてください。
 
写真、真ん中の磐座が
 
白髭をたくわえた
仙人の顔に見えた方、
 
大幸運間違い無しです!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
古代出雲パワースポット⑪
 
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
 
出雲大社のように、たくさんの
全国の人々に参拝されるところも
あれば、
熊野大社や、須佐神社、八重垣神社のように
 
人気スポットになっているところも
たくさんある。
 
今回紹介する
  ‘ふる出雲パワースポット’は
ちょっと、地元の人でもわからないと思われる
レアスポットだ。
 
ただ、この神域に入った人は皆、
口をそろえて言われます。
 
 
「これが、本当の出雲か!」と。
 
この朽ちかけた何の文字も無い標注の
向こうに‘ふる出雲パワースポット’が
待っている。
ガードレールの切れ間に
 
1本の標注が建ってます。
 
案内文字も無ければ、
表示もありません。
 
まるで、隠された
遺跡のように
 
ひっそりと。数千年の
時を刻んでいるのです。
 
 
 
 
ふる出雲には、
八百万の神々が鎮座する。
読み方は、「やおよろずのかみがみ」
 
 
八雲立つ‘ふる出雲’の国は
水に恵まれた地であった。
 
雨神と聞いても、名前が出てこない
くらい
 
日照りとは縁の無い地だったと思われる。
 
しかし、雨神はいるのだ。
 
この先に・・・・・・・。
 
 
 
 
 
 
 
これが、道だ。
 
足を踏み外せば、真っ逆さまに崖の下だ。
 
  ‘ふる出雲の民’により大切に隠された
『磐座』(いわくら)は
この先に鎮座する。
 
 
 
雨神の名は
 
多伎都比古命
読み方は(たぎつひこのみこと)
 
この神社の主祭神だ。
 
多伎都姫といえば、宗像女三神の一人。
 
もうひと方の多紀理姫(たごりひめ)は、
オオナムジ(大穴持)の奥さんの一人。
 
もうひと方は、弁財天さんと同化して
しまった感のある、
市杵島姫神(いちきしまひめ) 。
 
 
 
 
 
西にそびえたつ巨石。
 
高さは、10mを
優に超える。
 
天辺は見えない。
 
 
 
屋根もなければ、手摺りすらない。
 
宮司も巫女もいない。
お札もお守りも売ってる売店も無い。
 
本殿がないのだ。
 
この左右にそびえたつ巨石が
ふたつ立ち並んでいる
 
ただそれだけの神社だ。
 
だが、間違いなく言える。
 
ここを訪れた人は、幸せになる。
 
出雲大社には参らなくても
ここに参るようになる。
 
 
東にそびえたつ巨石。
 
高さは、10mを優に超える。
 
天辺は見えない!
 
 
 
古代出雲パワースポット⑪
 
島根県(旧)平田市坂浦町立石
「立石神社」
読み方は、「たていわじんじゃ」
 
 
出雲風土記の、神奈備山(かんなびやま)と
伝わる山のひとつ大船山(旧平田市)=神名樋山。
 
その真北に鎮座する磐座(いわくら)が
このパワースポットだ。
 
地図にも載って無い。
観光マップにも載って無い。
地元の人も知らない。
 
行くには無理かもしれない
パワースポットだ。
 
 
知られざる‘ふる出雲’
 
  ‘古代出雲パワースポット’
星☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 
誰一人文句はでない。
凄すぎる神域。
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
この磐座は
 
目の前で見なくては
ならない。
 
そして、
この石神は
見るものを圧倒し
魅了する。
 
何千年も変わること無く。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
大雪に見舞われた
2011年の山陰両県。
 
この1月は、たぶん5年分の雪が
降り積もったのではないでしょうか。
 
雪掻きに始まり、雪掻きに終わった1月。
 
やっとこさ、通常に戻った2月初っ端!
 
何気に買った宝くじ1000円。
 
17,800円当たってました  
 
すぐにでも
ふる出雲パワースポットに赴いて
感謝したいのは山々なのでありますが、
 
雪の中なのであります・・・・・・。  
 
 
古代出雲パワースポット
 
恐るべしです。。。
 
暖かくなって
雪が解けたら
お礼参りに行きますね!
 
 
 
当たり券で
 
何気に買った宝くじ1000円。
 
7,600円当たってました  
 
 
アンビリーバぼ~状態です   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
古代出雲パワースポットに
 
感謝感激です。。。
 
 
 
古代出雲パワースポット⑫
 
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
 
今回紹介する
  ‘ふる出雲パワースポット’も
山陰出身者といった理由だけでは
ちょっと、わからないと思われる
レアスポットだ。
 
この神域は石の森である。
 
 
御祭神はスサノオ  
 
出雲の初代大神である。
読み方は、「いづものしょだいおおかみ」
 
 
若い方達には、もっと詳しくお教えしたいのも
山々だが、何分、大そう危険な道中で
 
「これこそ、荒ぶる出雲の大神を祭る神社」でありますと
いった風情をこれでもかと
 
感じてもらえる古代出雲パワースポットだ。
 
 
この高さ30mは優にある石森の
向こうに‘ふる出雲パワースポット’が
待っている。
出雲風土記の、神奈備山(かんなびやま)と
伝わる山のひとつ!
大船山(旧平田市)=神名樋山の西に位置し、
この神社の
真北が、黄泉の国への入り口であると
古代より伝承されてる
もう一つの候補地!
「猪目洞窟」なのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
古代出雲パワースポット⑫
 
島根県(旧)平田市唐川町408
  「韓竈神社」
読み方は、「からかまじんじゃ」
 
 
知られざる‘ふる出雲’
 
 
  ‘古代出雲パワースポット’
星☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 
 
ここの山全域が磐座(いわくら)であり神奈備なのだろう。
 
 
出雲大社の数百分の一しかない
大きさの小さな社殿かもしれぬ。
 
しかし、
初代出雲大神を祭る=凄すぎる神域である事は
間違いない。
 
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
 
 
 
手摺もおぼつかない
崖を登り登り
 
最後は
巨大な岩と岩の裂け目を通って
 
小さな社殿へと
行き着く。
 
社殿を左に左に行けば
洞窟がある。
 
磐座と磐座が作り出した空間だ。
 
古代出雲パワーを感じない人はいないであろう。
 
 
 
 
屋根は無いが磐座が雨をしのいでくれる。
 
手摺りは少々。
 
宮司や巫女はいない。
 
ただ、お札とお守りは無人にて売ってる。
 
小さいが本殿はある。
 
ただそれだけの神社だ。
 
だが、間違いなく言える。
 
ここを訪れた人も、幸せになるだろう。
 
出雲大社には参らなくても
ここに参るようになるんだろうなぁ~。
 
 
まちがいない。
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
奥に見える
岩と岩の隙間を通って
この社殿へ参れます。
 
お札も置いてあります。
ここまで登って来た
子供達は
きっと度胸が付くこと
間違い無しでしょう!
 
 
 
 
 
 
田舎の為、もう6時で
宝くじ売り場がしまってしまい
 
せっかくパワースポットでパワーもらえたのに
諦めかけてた  
 
6時25分!
 
前方に銀行のATMがあったのです。
 
ダッシュですべりこみ、
しかもあせって間違えて2,000円も
買ってしまった宝くじ!
 
これがナント!
 
76,600円当たってたのです 
 
どうなってるんでしょうか?
信じられない幸運です。
 
  ‘ふる出雲パワースポット’恐るべしです。
古代出雲パワースポット凄すぎます。
 
感謝してもしきれません・・・・・。
 
 
 
 
 
 
  ‘ふる出雲’を探すにあったって
注意しなくてはならない事がいくつかあります。
 
それは、『古事記』『日本書記』に100%とらわれては
ならないと言う根本的基本を
 
常にどこか心の片隅に
置かねばならないという事です。
 
しかも、出雲風土記にも100%とらわれてはいけません。
むしろ、出雲風土記に負け戦の民がヒントとなる
負け惜しみ的、うらみつらみを頭の冴えわたる表現で
キラーパスの如く、書いている一文を探し当て
それを元に、‘ふる出雲パワースポット’の手がかりを
見つけなければならないのであります。
 
ポイントは!
 
出雲風土記が編纂された時=733年  
 
この時には、もうすでに廃れかけていた神社!
 
あるいは、勢力が小さくなっていた神社!
 
現代人でも、言えます。
 
喧嘩に負けた人は、いつまでもいつまでも
愚痴愚痴言い続け、下手をすると一生相手を嫌います。
 
ところが、喧嘩に勝ったほうは
その時点で、気分が晴れ  
相手を気遣ったり、思いやったりします。
 
  ‘ふる出雲’への手がかりは、まだまだ
落ちているはずなのであります  
地神さん
と言われる石柱を
祭る神社もある。
 
江戸時代の大飢饉の後
全国に広っまった歴史をもつ。
 
天神   天照大神
出雲大神 大己貴命
薬神酒神 少彦名命
土の神  埴安媛命
五穀の神 倉稲魂命
   (お稲荷さん)
 
5角形の石柱に5神が
彫られている。
 
 
 
 
 
 
 
素人が無い知恵を絞り考えた結果、
いくつかの疑問点が浮かんだのであります。
 
ひとつは、初代:出雲大神/スサノオについて
 
出雲風土記は、大々的に表現してない!
 
短い文が4カ所のみ。
 
 
ここに、何かヒント重大なヒントがありそうです。
 
 
逆に、他の古事記・日本書紀には一切ふれられてない
 
スサノオの息子の話が
 
出雲風土記には、
これまた短くふれられています。
 
息子は5人います。
 
(しかし、この息子の何人かは?
‘ふる出雲の民’には表面的にしか受け入れられなかった
のではないか?あるいは、真実はかくされたか?)
 
では、
この5神を祭る神社は無いのか?
 
あるのです。
 
そのひとつは
古代出雲パワースポット⑩で紹介ずみの
 
松江市鹿島町本郷畑垣
「恵曇神社」
読み方は、「えともじんじゃ」
 
御祭神は磐坂日子(スサノオの息子)
 
 
その他の四神を祭る神社は、
おいおい紹介していきたいと思います。
土御祖神 埴安姫命
とは、土の神様。
現代では、考えられない程‘土’は大切にされてきたはずです。
 
土は、農産物=恵み
をもたらします。
 
土偶の土器、皿、甕
埴輪も土から作ります
 
壁下地や、国王の墓
 
土は、我々現代人の
想像のはるか上の位置
で、讃えられていた事
でしょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
出雲初代大神スサノオが上陸した地は
読み方は、「いづもしょだいおおかみ」
 
  ‘ふる出雲’的に考えれば
 
間違いなく旧平田市の海岸です。
 
その時に、息子を何人か連れて来てたと
仮想した場合、つじつまは合います。
 
スサノオが‘ふる出雲の姫’を妻にもらった場合、
 
その娘・その息子は、
 
  ‘ふる出雲の民’に全面的に受け入れられた事でしょう。
特に女性=娘だった場合はなおさらです。
 
 
出雲系の姫様の場合
 
姫=『比売』『毘売』と表記され
決して、『日』の字は使われない。
 
もし使われたとしたら、
スサノオが連れてきた女性の可能性が
僅かながらあると言えなくもない。
 
一人=心当たりがあるのです。
 
出雲風土記にさり気なく
表記してある、733年の時点では
すでに、廃れてしまっていた神社。
 
島根県の国宝の一つと同じ名を持つ
 
    ‘美しい名の神社’が。
 
地神さん
においては
 
天照大神は
農業神 
 
大己貴命は
五穀護神
として、大切に地域の
民に祭られていきました。
 
ところで、
  ‘ふる出雲’の年代
はいつなのか?
 
これは、大変難しく
ただ、希望として!!
 
  399年以前を
ターゲットにしたいと
思ってます。
(4世紀以前という事となります!)
 
 
 
 
ここで、山陰の国宝について紹介しておきます。
 
と言いますのが、全国の方々は勿論なのですが
 
山陰に住む人々でも、
知られていないかもしれないという事実が
どうやらあるみたいなのです。
 
(世代関係無く、関心があまりないようなのです    
 
 
鳥取県の国宝は三つ!
 
 
 (鳥取県三朝町)
①三徳山投入堂(三仏寺奥院(投入堂))
読み方は、「みとくさんなげいれどう(さんぶつじおくのいんなげいれどう)」
 
 
  (鳥取県智頭町)
②豊乗寺/絹本著色普賢菩薩   
読み方は、「ぶじょうじけんぽんちゃくしょく ふげんぼさつ」
 
  (鳥取県湯梨浜町)
③倭文神社(伯耆一ノ宮経塚出土品)
読み方は、「しとりじんじゃ(ほうきいちにみやきょうづかしゅつどひん)」
 
 
 
写真では、
よくわからない
かもしれませんが!
 
このオオナムジ像
金色してます。
 
向かって右の連れてる
何かわからない像
 
丁寧に御参りして下さい・・・・。
 
この像のある場所は
ちょっと言えないです。
 
 
 
島根県の国宝は、六つ!
 
  (島根県大庭町)
①神魂神社本殿
読み方は、「かもすじんじゃほんでん」
 
  (島根県大社町)
②出雲大社本殿
読み方は、「いずもたいしゃほんでん」
 
  (島根県大社町)
③出雲大社秋野鹿蒔絵手箱
読み方は、「いずもたいしゃあきのしかまきえてばこ」
 
  (島根県大社町)
④日御碕神社白糸威鎧
読み方は、「ひのみさきじんじゃしろいとおどしよろい」
 
  (島根県斐川町)
⑤荒神谷銅剣他遺跡群
読み方は、「こうじんだにどうけんほかいせきぐん」
 
  (島根県加茂町)
⑥加茂岩倉遺跡群
読み方は、「かもいわくらいせきぐん」
 
黒いオオナムジ像が
まるで土から
にょきにょきと
出てきた様相です。
 
丁寧に御参りして下さい。
 
 
この像のある場所は
 
ちょっと
言えないです。
 
 
 
古代出雲パワースポット⑬
 
 
松江市秋鹿町2853
『秋鹿神社』
読み方は、「あいかじんじゃ」
 
出雲風土記にも掲載されている古い神社。
しかし、733年にはすでに小社となって、廃れていた。
 
御祭神は『秋鹿日女命』
読み方は、「あいかひめのみこと」
 
オオナムジの火傷の治療をしたとある。
 
蚶貝比売・蛤貝比売と重なる。
読み方は、「きさがいひめ・うむぎひめ」
 
 
いや、秋鹿日女命はスサノオが連れてきた娘か?
薬剤師または、女医で!
 
この秋鹿日女命の
弟子あるいは、娘あるいは、
薬草医薬集団の次世代のリーダーが、
キサガイヒメ・ウムギヒメだったのでは?
 
 
それにしても美しい名の姫だ。
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
 
拝殿は大きく、
小ざっぱりとした神社
首のないお稲荷さんを
丁寧にお参りしたが
‘ふる出雲’への
手がかりは、
今となっては
残念ながら!
まったく消失している。
と言いますか、
この秋鹿町・岡本町・古曽志町は
綺麗に‘ふる出雲’を
消されている気がするのは、私だけでしょうか?
 
何か!ありますね。
 
此処には、
巨大な権力を持った
人物がいたはずです。
 
 
 
3月2日でしたから、
 
「32」では、あまりにも出来すぎた話ですので
 
「33」「31」「30」あたりかと  
 
思いつきで購入した<宝くじ1,000円>
 
7,100円当たってます!   
 
全国でもたくさんの方々が当たってます。
 
みなさま考える事は、共通なんですね!
 
 
 
 
  ‘ふる出雲パワースポット’の金運力にビックリです。。。。。。
 
 
古代出雲といえば、
全国の方々は神々の集まる土地だとか
縁結びの地、神話の世界とかイメージされる
と思います。
 
もう一方で、
青銅器、鉄器の製作技術、
薬草とか、酒造り、薬酒、農産物、植林
土木、治水の技術を大昔に持っていたのでは?
との専門家の皆さまの指摘がなされています。
 
  ‘ふる出雲’への
手がかりとして
 
見逃されがちなものが存在します。
 
それは土器だ。
 
しかも、全国には出土例がなく、この地域限定!
しかも、極限られた
場所のみから出土しなくてはならない。
 
なぜなら、それは
毒薬草を生薬・薬草エキス・薬粉・乾燥薬に変える為の、
特殊な土器でなければならないからだ。
 
 
さらに、一方で呪術的な力、
  ‘出雲まじない’の存在を指摘する専門家の
方々もいらっしゃいます。
 
確かに、この地方では
厄落としとか、お祓いしてもらう
なんて事を、ちまたで聞く事が20年前くらいは
あたりまえに
結構あって不思議な思いをしたものでした。
 
今でも、生活の中に普通に
溶け込んでいるのではないでしょうか。
  ‘ふる出雲’には、
シャーマンの技術を持った、薬草集団がどこかにいたはずだ。
現代の
東南アジアや、パプアニューギニア、
あるいは
アマゾンのシャーマンの薬草/生薬造りに
使われる土器に
酷似したもの。
あるいは、専門家が
見て明らかに
用途や、仕組みが
酷似する土器や皿、
貯蔵甕、蒸留器など。
 
どこかに埋まってる。
 
これも‘ふる出雲’へのロマンだ。
 
 
 
 
 
思いつきで
3月は!日付かな?と
2匹目のドジョウで狙った   
 
『338』『33』『37』
 
嵌りました   
 
17,000円 当たってました   
 
何という幸運でしょうか。
 
女神さま 
 
ありがとうございました  
 
 
  ‘ふる出雲’金運パワーに感謝です。
  ‘ふる出雲’に生まれて良かったです・・・・・。
 
 
 
古代出雲パワースポット⑭
 
 
松江市岡本町876
『多太神社』
読み方は、「ただじんじゃ」
 
主祭神はスサノオの息子
 
衡桙等乎與留比古
読み方は、「つちほことおるひこ」
古事記・日本書記には登場しない神。
出雲風土記のみに登場する。
詳しいことはわからない。
名前から察すると『武神』のようだ。
 
本殿はとても凝った造りだ。
小さいが、至るところに彫物がある。
しかもかなり精巧な人間国宝的装飾とでも
表現したくなるものだ。
 
スサノオの息子を祭る神社だが、
 
新しいのだ。
 
かえって謎が深まる。
 
もう一つ、この近くに謎のスポットがある。
小さなお稲荷さんを
丁寧にお参りする。
 
本殿向かって左側には
大きな岩が‘デン’と
座っている。
 
その岩の上には
何故か?
地神さんが祭ってある。
 
  ‘ふる出雲’への手がかりは、無い。
 
 
 
 
古代出雲パワースポット⑮
 
松江市古曽志町
『許曽志社跡』
読み方は「こそしのやしろあと」
 
此処は、733年
出雲風土記に許曽志社とある=神社があった場所だ。
現在は、少し離れた場所に新しい神社が建っている。
 
  ‘ふる出雲’への手がかりは当然まったく無い。
 
旧神社は、創立年代も不明。
出雲風土記のころには
おそらく規模縮小していたと予想する。
 
 
しかし、この場所より180mくらい奥の田園の真ん中に
非常に興味深いスポットがあるのだ。
 
 
移転先の神社は
庚申系あるいは、
日吉系の神社となって
いる。
 
江戸時代は、時の殿様
に庇護されていたらしい。
 
 
古代出雲パワースポット⑯
 
松江市古曽志字丹花庵372
『丹花庵古墳』
読み方は「たんげあんこふん」
 
『許曽志社跡』より180m奥にある
 
長持形石棺の露出した古墳である。
 
大王の墓といわれる長持形石棺がある。
(全国ではの話)
 
此処山陰では、
まったく注目もされていない。
我々素人が直接手で触れることが出来る。
団塊の世代が悪ガキの頃
どうやらいたずらで石室の蓋に穴を
開けようとした跡が2つあった。
 
なぜなら此処は民間の所有する農地の真上だから。
この石棺に腰をかけ、談笑も出来る。
茶も飲める。
すぐとなりで芋や豆を植えている。
古墳全体を農地としているのだ。
 
こんなことは、他県ではありえない。
 
九州系の鋸歯文がはっきりとわかる=線装飾の
石棺である。
 
5世紀中ごろの古墳とある。
 
450年から、480年頃の豪族の墓ではないか
との説明だ。
 
出土品は鉄剣、太刀、三角板革綴単甲、頸甲、肩甲など。
 
馬具がない!
 
と言う事は400年以前ではないのか?
 
 
そうなれば‘ふる出雲’となる 
 
九州系の線刻も気になる。
 
  ‘ふる出雲’後期のオオナムジは
隠岐島海部経由~新羅ではなく
 
ラグーンを経由しながら西海路にて
神西湖~五十猛~温泉津~
松原~三保三隅~須佐~
油谷~吉見~さつき松原~
宗像~沖ノ島~新羅に向かったはずだ。
 
非常に興味深い
 
  ‘ふる出雲’に可能性を残す
パワースポットかも知れない。
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
ひつこく言うが
長持形石棺である。
 
なぜ、このような
扱いなのか?
 
世が世なら
国立博物館行きの物だ。
それに
直接触れる事ができる。
 
別の意味で、
  ‘ふる出雲’は凄い。
 
この古墳は、是非
もう一度詳細な調査
をしてほしい。
 
特に土器の調査も。
 
今でも大量の宍道湖産
の赤茶の石がたくさん
出てくると農作業の
奥さんが言っておられた。
 
一晩で造られたという伝説は、
忘れ去られた王墓が、大昔突如
何らかの理由で
石棺が露出したことを
意味するのでは?
 
鶏が金の卵を生む伝説は、その時石棺から
新羅系の金王冠が出た可能性もある。
 
周辺の古墳からは、
翡翠の勾玉は発掘されてないのだろうか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
松江市から美保関灯台を目指して
国道431号をまっすぐ進む。境水道を右に見ながら
一本道を選び選び細い道をひたすら進む。
 
運よく天気が良いと境港市越しにくっきりと
伯耆富士『大山』がずーっと見える。
 
ただ残念なことに
角度のせいか左肩がグーッとあがった
大山で伯耆富士とは言えない。
 
だが、この神社がある小さな入り江から見る
大山は明らかに伯耆富士なのだ。

左右に森が突き出て‘大山’を浮き立たせている。
左肩が不思議とあがって見えない。
 
つまり、この神社の正面からしか
素晴らしい大山の姿、美しい大山の姿は見えないのだ。
大山は‘ふる出雲’最大の神名火だ。
 
大昔この神社は、陸の孤島だったのではないのだろうか?
 
人に知られてはならない施設を置いた。
宮殿だったかもしれない。幽閉施設だったかもしれない。
 
本当の主祭神は、ヌナガワ姫だろう。
  ‘ふる出雲’初期のオオナムジとヌナガワ姫との間に
生まれた子供は娘だったのだろう。
 
出雲人だとわかるが、この2人の女神は
大変な苦労をした事が容易に想像できる。
 
この神社は、その思いを鎮める為の神殿なのかもしれない。
 
オオナムジは、この女神に美しい大山をいつでも
見れる、此処に社を建てたのでは?
小滝川の職人集団とともに。
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
美保神社は
壮大で美しく山陰でも
べスト5に入る神社だ。
 
しかし、‘ふる出雲’
への手がかりは無い。
 
ただ、神社裏をぐるり
囲む岩山は、何かある。
 
石清水が湧き出てる。
池もある。条件は
そろっている。
 
450年くらいに、
碧玉の勾玉工房があったらしい。
 
それでは、駄目だ。
 
翡翠の勾玉工房跡を
探さなくてはならない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
古代出雲パワースポット⑰
 
松江市美保関町
『美保神社 境外社 地主神社』
読み方は「じぬしじんじゃ」
 
 
主祭神はオオナムジとヌナガワ姫との間に
生まれた女神『御穂須須美』
読み方は「みほすすみ」
 
この小さな社があった場所は
ストーンサークルがあったと伝説が残っている。
 
間違いない!
 
勾玉工房跡だろう。糸魚川市と松江市で
合同調査委員会を作り
徹底的に調査研究をすればよいと
素人考えで思うのは、私だけではないだろう。
 
この2人の女神は、オオナムジとともに
天候の良い、凪の日をみはからい
この美保湾の小さな港から、次の港、
また次の港と案内されていたのでは
なかろうか?
 それが唯一の楽しみだったとしたら?
‘ふる出雲’への手がかりがみつかるかも
知れない。
 
北山山系北面の港にある神社に何かある
のだろうか?
 
才浦・軽尾・雲津・諸喰・法田・北浦・菅浦・七類・
惣津・片江・沖泊・小波・野波・佐波・潜戸・加賀
 
港はこれ以外にもあるが、大きな港は
七類と加賀くらいか!
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
お賽銭を入れる箱すら
無い小さな社。
 
丁寧にお参りしてください。
 
これこそ、
  ‘ふる出雲’だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
なぜかしら
強烈に浮かんだ数字が!
『509』『709』
 
5/9か7/9という単純な思いつき   
 
ミニは凝って逆にしといたら  
 
36,000円当たってます  
 
信じられない幸運です・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  ‘ふる出雲'の女神さまに感謝します。
 
女神様方々の‘お力’が
  ‘ふる出雲’のパワーなのです!
 
 
 
美保関の港を時計と反対周りに加賀の港までまわると、
17~18港の集落がある。
 
神社のある港は、
 
雲津・諸喰・七類・
 
惣津・笹子・片江・
 
菅浦・北浦・千酌・
 
笠浦・野井・瀬崎・
 
小波・沖泊・多古・
 
野波・加賀
 
しかし、見事に‘ふる出雲’への手がかりは
消失していた。
 
不思議なくらいに綺麗さっぱり。
 
難解だ。
 
七類港手前に鎮座する
質留比神社
 
主祭神は、間違いなく
ヌナガワ姫であったと
予想する。
 
手がかりは無い。
 
 
 
古代出雲パワースポット⑱
 
松江市島根町加賀
『加賀神社 』
読み方は「かがじんじゃ」
 
 
加賀神社の主祭神は
赤貝の女神
『枳佐加比売命』
読み方は「きさがひひめ」
 
オオナムジ=大国主が兄弟達に焼き殺された
時、天からつかわされた2人の女神の一人。
 
大やけどの治療をし、蘇生させたとある。
 
もう一人の女神はすでに紹介した
松江市/法吉神社
読み方は、「ほっきじんじゃ」
主祭神:宇武加比売(はまぐりの神様)
読み方は、「うむがひひめ」
 
この2人の女神とヌナガワ姫を結ぶ物証が無い。
 
強いて言えば、
ヌナガワ姫の本拠地:小滝川の近くに清水山がある。
此処、加賀神社の近くには同じ読みの澄水川がある。
 
そして、小滝川をミニチュアにしたが如く
この澄水川も美しい川なのだ。
(山陰の人は、是非1回新潟の糸魚川市にある小滝川を
訪れてほしい。糸魚川市の方は、是非!美保関から
加賀までをクルージングして最後に此処:澄水川を見て
頂きたい。)
そして、澄水川の最上流より上ること20分の
処にあるのが、御手洗滝だ!
 
伝説では、御手洗滝で手を清めた女神が
アマテラスオオミカミであるとの事。
 
それは、明らかに間違ってる。
 
この女神が誰なのか?
 
ヌナガワ姫か、キサガヒ姫か?
はたまた、ミホススミ姫か?
 
美保関から加賀までのドライブは
いくつかのヒントをくれた。
 
まず、景色が素晴らしい。大昔此処を
小型船団でぐるりと廻ったら  
さぞ風光明媚だった事だろう。
 
美保湾
美保関地蔵埼
才浦・軽尾・諸喰の秘3港
(小型船団の基地港だったのでは?)
美保の北浦
玉結湾
片江湾
菅浦湾
北浦
多古の7つ穴・多古鼻
沖泊
潜戸
加賀の桂島
 
こんな狭い地域にこれだけのスポットがある。
 
これは、案内された女神達は喜んだ事だろう。
 
しかし、物証は消されている。跡かたもなく。
 
だが、遺伝子は残るのだ。
 
美保関もそうだが、菅浦、加賀、鹿島などなど
港町から、えっと驚く美人が生まれる。
 
女神の誕生の様に。
 
 
 
やおろろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
出雲風土記に、
「加賀の神埼の窟に
キサガヒヒメを祀つていた。」とある。
 
新潜戸か、旧潜戸か?
 
新潜戸なら、神穴と
表記されたのでは。
 
旧潜戸が‘ふる出雲’
であろう。
 
実は、私18歳の頃、
加賀の港から、
釣り竿を持って、歩いて鼻まで浸かりながら
夜中の3時に
この旧潜戸に上陸した
事がある。
 
夥しい人形と、賽ノ河原の石積みと、奥に
鳥居があったと記憶している。
 
不思議と怖くなかった。
 
今思えば、あそこは
キサガヒ姫の神域であって
決して賽ノ河原では
無かった
のではないだろうか?
 
そんな気がする。
 
 
  ‘ふる出雲’への
重要な手掛かりの
一つは、『大穴』だ!
 
オオナムジ=大穴持
 
『大穴』に何かを隠した。
 
そして、民衆を近づけさせないように!
トリックを仕掛けた。
 
  ‘ふる出雲’の小型船団は海岸沿いに港から港、ラグーン~ラグーン。境水道・中海・
大橋川・意宇川・宍道湖を移動したはずだ。
 
この途中にある
洞窟=大穴!
 
海岸沿い・航路沿いにある『大穴』が
重大な何かを握っている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
これは確信して買いました!
 
27,600円当たってます   
 
間違いなく
ミニ『59』か『29』だと思ったからです   
 
もっと買っとけばよかったです。
 
でも欲張りはダメです。
 
出雲の神々様の罰が当たります  
 
 
 
 
 
 
 
  ‘ふる出雲’の
女神方々様のパワーです!
 
 
幸運すぎます・・・。
 
 
加賀神社より、右手に澄水川をみながら北上すると
別所という村落に着く。
 
 
この村落なぜかしら気になる。
 
 
田舎田舎してない。高貴な感じがする。
 
ここを抜ける事3~5キロ、1本道の山道となる。
 
わたしは初めて知ったが、どうやらこの山!
加賀別所:澄水山と言うらしい。
 
パーキングに車を止めて、あるく事10分。
目指す‘御手洗滝’があるはずだった   
 
実は、今年正月の大雪で山道に木が何本と倒れていて
今は行ける状態では無い。
 
昔の記憶で言うと、小さな滝だった。
山椒魚のとても小さい種類がいた事を覚えている。
 
  ‘ふる出雲’への手がかり調査は、またの機会に
する事にした。
別所の手前に小さな神社がある。
新宮神社という。
詳細はわからない。
石切り場だったのだろうか?
この正月の超大雪でかなりの被害が出たようだ。
 
 
 
 
 
 
この新宮神社、
 
神社全体がおおきな石の塊だったんではないだろうか?
 
大岩なら、まさしく磐座だ。
 
 
加賀神社の磐座だったのだろうか?
 
今となっては、全く手掛かりは無い。
 
他の磐座に
 
十分匹敵する見事な大岩だ。
 
 
 
大雪による地滑りで
 
岩肌が露出していた。
 
 
 
これと言った手がかりも無く
島根半島北の海辺の村落にある神社巡りを
終えようとした時、
 
新宮神社の出口左壁に天然の岩壁を
くり抜いて作ったらしいあるものが目にとまった。
 
ふと思ったのだ。
 
 
もし、小型船団にて中長距離の航海を
 
しなければならない場合     
 
まず何を考えなくてはならないか?
 
それは、間違いなく⇒『水』だ。  
 
 
水か!
 
 
どこで、水を補給したのか?
たくさんの湧き水をどこから汲んでいったのか?
 
なるほど!
 
心当たりはある  
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
これも
見事な景色というか
 
風景というか
 
絵になっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
古代出雲パワースポット⑲
 
松江市大海崎町
『目無し水 』
読み方は「めなしみず」
 
 
出雲風土記には
邑美冷水(おうみのしみず)とある。
嵩山(331m)から湧き出て中海に
入る伏流水だ。
 
数百年後、そのあまりに透きとおる綺麗な水を
見た人たちが、目方が無いようだと言って
『目無し水』となった名水である。
 
この一帯は前原埼(さきはらのさき)と言われた
とても風光明媚な処であった。
 
今でもすぐ目の前が中海で、向こう岸に
雄大で美しい伯耆富士「大山」がみえる。
 
オオナムジは、この近くで神事を捧げ、
船団の集団は此処で休んだのではなかろうか?
 
近くに船団の宿場があったのでは?
オオナムジが小型船団を率いて
 
此処で水の補給をしたのかも知れない。
 
湧き出る量からして、
船団のメインタンクに
補給されたのだろう。
 
 
 
 
 
 
なぜそう思ったかと言うと
この集落のお膝元に鎮座する
十二所神社の主祭神がオオナムジでは無いからだ。
 
もし、オオナムジが‘目無し水’で補給し、
 
神事をしたなら
 
主祭神はオオナムジとなっていたと
 
予想できるからだ。
 
では、何処で神事を捧げたか?
 
 
それが!
 
 
すぐ近くにあるのだ。
残念ながら
  ‘ふる出雲’への
てがかりは無い。
 
 
 
 
 
古代出雲パワースポット(20)
 
 
松江市大井町
『大井の池 』
読み方は「おおいのいけ」
 
 
大井町に鎮座する大井神社の目の前にある。
733年:出雲風土記のずーっと前から
どうやらこんこんと湧き出ていた清涼水のようだ。
 
旧名称:大井社(おおいのやしろ)
出雲国風土記には、嶋根郡(しまねのこおり)、
朝酌郷(あさくみのさと)に大井社(おおいのやしろ)有りと
記載されてる。
 
もちろん主祭神はオオナムジ。
 
 
そして、学者が見落としてる
 
もっとも注目すべきフレーズが、
 
大井は、「陶器造れり」という記述!

決まりです。
 
ここで神事を捧げ、神水を土甕に満載し
主船に積み込んだんでしょう。
大井の池は
現在、その本当の姿を
見せてはくれない。
 
なぜ?そう感じたか?
 
 
それはわからない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
大井の集落に有る
「大井神社」
 
主祭神はオオナムジ。
 
現在の、此処に‘ふる出雲’への
手がかりを探すのには無理がある。
 
もっと、大きなエリアで考えるのが
セオリーだ。
 
この
大井・大海崎一帯が
 
集落+山+水+風景を含めて
  ‘ふる出雲’の神名樋山。
  ‘ふる出雲’の神名樋野。
だったのだろうから。
 
うまく歴史に消されてしまったかに思えたが、
 
「樋」の字がそれを許さない。
そして地域住民達の『水』を守る2千年もの
長い努力と使命感。
 
まぎれもなく
 
此処は‘ふる出雲’なのだ。
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
顔の無くなりかけている
お稲荷さんが二神いた。
 
 
丁寧に御参りしてください・・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
思いつきで購入した宝くじ!
 
当たってました 
 
25,200円!  
 
単なるラッキーですが、
 
嬉しいです・・・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『29』って数字は
 
前にも当たったと
記憶してます。
 
何かラッキー数字なのでしょうか?
 
女神様達に感謝です。
 
 
 
これは確信犯です。
 
かなりの自信と確信があり
購入しました。
 
なんとなくではありますが、
まずこれは無いだろうと思った物が
来ると思います。
 
 
宝くじが72,100円 当たってます  
 
なんという幸運。
 
‘ふる出雲’のパワーなのでしょう。 
 
 
 
 
涙が出るほど
出雲の女神々様に
感謝しております。
 
本当に。。。
 
 
古くから
モモの木は邪気を祓うと言われてきた。
 
松江市の文化財で
ヤマモモの古木が指定された神社がある。
 
松江市坂本町
『比加夜神社』だ!
 
御祭神は
 
海神の子
豊玉比賣、玉依比賣
読み方は、「とよたまひめ、たまよりひめ」
 
本当に、そうなんだろうか?
 
神社は古く、
十分に‘ふる出雲’っぽい。
 
海神の女神はいる。
  ‘ふる出雲’の海の女神が必ずいる。
 
大和(日本)の歴史には登場しない、
海の女神がどこかにいる。
 
玉萋鎮石を抱く女神。
読み方は、「たまものしづし」
 
黒銀に輝くアバロ二パールを抱く女神が!
 
黒をまとった美しい女神が・・・・。
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
この古木がヤマモモかどうかは、わからない。
 
これがヤマモモなら、
あまりにも
 
パワーを感じずには
いられない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
比加夜神社から連想される女神は、
加夜奈留美の女神
読み方は、「かやなるみ」
 
加夜=伽耶なら海神となる。
 
加夜奈留美とは、
オオナムジの奥さんの一人
多紀理姫の娘=下照姫の娘=高照姫とも
言われている。
 
加夜奈留美=下照姫=高照姫
と書かれた文献もある。
 
下照姫を御祭神としてる神社は
 
すでに紹介した
古代出雲パワースポット①
国宝『倭文神社』だ。
 
さらに松江市にも、この女神を
御祭神としている神社がある。
 
  ‘ふる出雲’への手がかりがあるかもしれない。
 
 
狛犬が4頭
 
この上に灯篭が乗ってる。
 
新しい神社だ。
 
本来は、此処から
100m離れた
 
売豆紀脇という処に
鎮座していたらしい。
 
 
 
古代出雲パワースポット(21)
 
松江市雑賀町
『売豆紀神社 』
読み方は「めつきじんじゃ」
 
神社自体は新しいが、此処は
明らかに出雲風土記なんてケシ飛ぶであろう
古いものを持っている。
 
埋もれた歴史そのものであろう。
 
主祭神は下照姫。
 
売豆紀とは、女月。
 
つまり月の女神ということだ。
 
月は古代にとって重要な意味を持つ。
 
何か?
 
航海術において月は羅針盤そのものだから。
夜の海風と月の位置は古代出雲の民にとって
重要な意味を持った。
 
女神をとても大切にしてるのがわかる
そんな‘ふる出雲’パワースポットだ。  
 
 
ここから100m離れた
売豆紀脇という畑を、今度探してみたい。
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
本殿のはずれにある
お稲荷さんの跡地で
あったろう、
この場所は
 
丁寧にお参りしてください。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
近所で買い物を済ませると
おつりが770円ありました   
 
500円玉はとっておいて
200円だけ、遊びで
 
スクラッチという宝くじを買ったのです。
 
売り場の綺麗なお姉さんに
「すみません!スクラッチを1枚だけ
下から◎番目をください」といったところ
 
快くわけて頂いたのであります   
 
30,000円当たってます   
 
こんな事ってあるんでしょうか?
 
本当   大真面目に
女神様に感謝です・・・・・・・・・・・・ 
 
オオナムジには四つの守り神が存在する。
 
東西南北にそれぞれ強力な結界をもつ
守り神だ。
 
オオナムジはその中心にはいない。
 
守り神とは、オオナムジの奥様である
 
四神=四女神のことだ。
 
南の大結界を守る女神が

須世理姫だ。
読み方は「すせりひめ」


神色は赤=朱。
神玉は赤メノウ。
 
 
 
  ‘ふる出雲’最強のパワーを持つ女神だ。
 
たまたま1枚だけ
買ったのが当たるなんて
 
  ‘ふる出雲’パワースポット怖すぎます。
 
いやいや、感謝しっぱなしです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
古代出雲パワースポット(22)
 
 
出雲市東神西町
『那売佐神社 』
読み方は「なめさじんじゃ」
 
御祭神は須世理比売
 
神西湖からは離れたところにある。
ナビでは迷うであろうこの神社。
 
230段の石段を上がると
 
手水の石水盤があり、そこに
白い蛇が日向ぼっこをしていた。
 
携帯カメラを向けても全く動かない。
 
欲張って度アップを撮ろうとしたら
するするっと、山に逃げてしまった。
 
クロモジをはじめとする巨大木に囲まれて
 
こんな奥山にオオナムジの筆頭姫君が
鎮座していた。
 
神社一面に太陽が降り注いでいる
 
 
‘ふる出雲’最強最愛の女神だ。
 
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
本殿の中は
まったく光がさしてない
網戸の向こう越し
 
中央の銅鏡にピント
をあわせ
シャッターを切る。
 
この女神の
巨大なパワーが
伝わってきた。
 
 
この写真、
ctri&スクロール上で
巨大にして見て下さい
 
髪を結った女性が
写ってます・・・・。
 
女神にみえた方
大幸運間違いなしです
 
 
 
 
 
下から2番目を1枚購入したところ
思わぬ幸運を戴いた為
 
またまた下から2番目のスクラッチを
1枚購入したんです   
 
すると!
 
500円当たってるではないですか  
 
思わず‘須世理姫’ありがとうございます!
と叫んでしまいました。
 
感謝感激しまくりながら
思いつきでついでに買った⇒その番号です。
 
 
121,200円当たってます    
 
 
言葉がありません・・・・・・。
 
 
  ‘ふる出雲’を、なぜ時の権力者が
恐れるのか判る気がしてきました。
 
こんな一般人/素人を助けてくれるなんて・・・・。
 
信じられません・・・。
  ‘ふる出雲’最強最愛
の女神のパワーは
 
凄すぎます。
 
心の底より、
ありがとうございます。
 
 
白蛇さんにも、
 
ありがとう。
 
 
 
 
 
 
 
古代出雲パワースポット(22)
 
出雲市東神西町
『那売佐神社 』
読み方は「なめさじんじゃ」
 
がある山を、高倉山という。
 
此処に須世理比売が住んでいたかは
わからないが、何故この山奥に住んでいたかは
よくよくわかる。
 
すぐ脇を南に九景川の渓谷が走ってる。
池もあり松や広葉樹の森もある。
ひと山越えると佐田の集落へ繋がってる。
 
佐田の集落は、スサノオが鎮座する
須佐神社がある。古代の天然冷蔵庫
『八雲風穴』がある集落だ。
 
そして私が一番確信した理由が
高倉山山頂から見えた
神西湖+日本海のパノラマだ。
 
此処に登り、オオナムジの船団が
ラグーンに入って来るのを待っていた。
 
此処の山頂から、一目了然に見えるのだ。
 
 
間違いない。
 
 
須世理姫はここで
オオナムジの船団が来るのを
待ち焦がれていた。
 
 
そんな気がする。
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
宝くじのお礼に
訪れたPM6:00
の那売佐神社!
 
今度は白まだらの
フクロウのお出迎えでした
 
ずーっと滑稽な
鳴き声で
 
私と掛け合いの
楽しいひと時を
付き合ってくれた。
 
30mを優に超える
クロガネモチの木
クロモジの木
 
とても良い森が残っている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
白っぽいフクロウを
見たので
 
縁起が良いかと
 
遊びでロト6を1000円買いました。
 
6,000円当たってます!  
 
毎週、那売佐神社に
 
御礼に行かねばならない状態に突入してます。
 
この女神のパワーは
 
恐ろしいくらい強力です。  
 
こんな事ってあるんですね。  
 
 
白フクロウ君にも、ありがとう。
 
感謝感激で
放心状態です。
このパワーは
尋常じゃないと
思います。
 
  ‘ふる出雲’最強最愛
の女神です。
 
 
 
これはわかってて
確信して買ってます。
 
7月1日か
7月4日か
7月7日か
 
3つに一つしか頭に浮かばなかったからです。
 
114,000円当たってます。  
 
こんな事って・・・・・・・・・・・。
 
 
古代出雲パワースポットに
 
ありがとうございますとしか言えません。   
 
  ‘ふる出雲’の底しれないパワーは
 
ど素人である私を・・・・・・信じられない。
 
 
ありがとうございます
 
       の
 
言葉しかありません。   
  ‘ふる出雲’最強最愛
の女神のパワーが
 
これらの数字を
教えてくれてるのでしょう。
 
感謝してもしきれない
です。
 
須世理比売は
最強最愛の女神です。
 
 
 
 
 
  ‘ふる出雲’に対して、
 
じゃあ!新出雲は何処なんだ?
 
といったご意見もあるかと思い
 
書いてみます。
 
このコーナーで勝手に定義してる
 
新出雲はズバリ  
 
『出雲大社』です。
 
ですから、このコーナー始まって
このかた出雲大社は出てこないので
あります。
 
  ‘出雲が大和に国譲りをした’という伝説。
その後、この地を千数百年にわたりおさめるのが
出雲国造家です。これは現実。
これ以降の事は専門家の先生方にお任せしましょう!
と始まったコーナーです。
 
ですから、出雲大社=新出雲なのであります    
出雲大社
神楽殿の裏にある
神社。
 
お稲荷さんが
とても
リラックスしておられ
ます!
 
 
 
 
 
出雲大社と言えば国造家。
 
千家・北島の
 
両家がおられます。
 
一般の観光客の皆さんは
おそらく北島家までは
あまり行かれないかと思いまして
ちょこっと触りだけ述べます。
 
出雲大社本殿の東の端に
位置する北島家。
 
本殿とは、ガラリと違い
静粛な空間に支配された
池あり、滝ありの落ち着いた処です。
 
芸能人が挙式をあげたりしてます。
出雲国造家の代々の
家宝は、
 
北島家に伝わっています。
 
 
 
この北島家のある
 
本殿に御参りされる観光客の
 
みなさんは
 
結構マニアックかと思われますが
 
私は、いつも
 
出雲大社に参る時は
 
北島さんのパーキングに車を止め
 
さらに東に歩いていった処にある
 
 
とある
小さな神社に参るのであります。
北島家には
代々皇族から
お嫁さんが
来る事となってる
そうです。
 
 
 
古代出雲パワースポット(23)
 
 
北島さんの東に鎮座する
 
 
小さな神社を
 
 
神魂伊能知奴志神社といいます。
読み方は「かむむすひ いのちぬしのかみのやしろ」
 
 
御祭神は
神魂命
読み方は「かむむすび」
 
オオナムジが焼き殺されそうになった時に
 
蚶貝姫と蛤貝姫を使わした神です。
 
 
少彦名の親とも言われています。
 
 
観光客のみなさんは
 
此処まで来られる方はあまり
いらっしゃらないかも知れませんが
 
此処は是非参られるべき神社だと
 
 
私は勝手に断言しております。
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
神社の前にある
椋の大木
この1000年は
優にある樹齢木。
 
妖怪に見えた方
要注意です。
 
左端上に光とともに
羽のはえたエンジェル
が見える方
 
大幸運間違いなしです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
古代出雲パワースポット(24)
 
 
出雲市大社町
『真名井遺跡 』
読み方は「まないいせき」
 
 
神魂伊能知奴志神社の真裏にある
遺跡を真名井遺跡と申します。
 
江戸時代に出雲大社の補修に大きな石が
必要となり
 
此処にあった大岩を使ったところ
この真下より
 
ヒスイの勾玉と銅矛が4本出土しました。
 
ヒスイの勾玉はロウカンの翡翠と言われ
日本最高品質の硬玉ヒスイであります。
このヒスイは詳細な検査の結果
新潟県糸魚川市姫川上流の
小滝川産ヒスイと判明しており
沼河比売(ぬなかわひめ、奴奈川姫)の国より
  ‘ふる出雲’へともたらされた事が証明されているのです。
 
現在、出雲歴史博物館に展示されております。
引きこまれそうな
雰囲気を持った
スポットです。
 
此処は‘ふる出雲’に
間違いない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ロウカンの翡翠が出雲大社本殿の東の
北島さんのさらに東の大岩の下より
出土した事に
 
  ‘ふる出雲’的に大いに意味があります。
 
東の大結界を守る女神が

沼河比売(ぬなかわひめ、奴奈川姫)

神色は青。
神玉はヒスイ(翡翠)。
 
ですから此処より出土しなければならない
のであります。
 
帰ろうとした時!
 
何やら視線を感じて振り返ると
 
巨大な椋の木がこっちを見てるでは
ないですか。
 
怖がらずに近くで‘まじまじ’と観察すると
 
さっきまで‘おどろおどろしかった’雰囲気が
 
ガラッと変わり
 
とても良い感じとなってました。
 
よくよくみると
素晴らしい銘木なのです    
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
向かって左のこぶが
 
座ってる
妊娠した女性の
裸の
お腹に見えた方
 
あなた自身が
 
または、
あなたの周りにいらっしゃる友人
 
あなたの
大切な方が
 
安産間違いなしです!
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
夕方ようやく
 
古代出雲パワースポット(22)
 
出雲市東神西町
『那売佐神社 』
読み方は「なめさじんじゃ」
 
に到着した。
 
宝くじの御礼に参った
 
PM7:00
 
白いカタツムリの出迎えに
なんともほのぼのとした夕刻と
なりました。
 
白い蛇に、白いフクロウ、
 
そして
 
白いカタツムリ    
 
これで、白いキツネでも出てきたら
ちょっとビックリしますけど、
 
それは無かったです。
 
 
南の赤の大結界を守る
須世理比売様
 
ありがとう。   
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
雨に濡れる
 
那売佐神社は
まだ夕闇にはつつまれてませんでした。
 
土砂崩れ防止コンクリート工の壁面に
 
白く光るカタツムリ
 
  ‘ふる出雲’は本当に
不思議な世界です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
金曜日というのは
なぜかしら金運に恵まれ
 
歓喜+感謝+感動+感激に
驚く事が多いのですが・・・・。
 
夕闇に包まれる直前に
白いカタツムリに遭遇しつつ,
那売佐神社に御礼参りに行った
次の日が金曜日だったわけです。
 
 
金曜日は朝から
7月1日と7月4日が頭から
離れませんでした。
 
ただ、「71」は一昨日当てて頂いた
ばっかリですし・・・・・・・
 
よっし!『74』も、ぶ厚く買おう!
となった次第です。
 
 
81,200円当たってます!
 
 
那売佐神社=須世理姫の金運パワー
 
 
凄すぎます・・・・・
 
白いカタツムリさんにも
 
ありがとう。
出雲は、
恩返しの民だと
言われている。
 
出雲の女神々様に、
感謝するしか
 
恩返しの方法がありません。
 
須世理比売様
 
ありがとうございます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
オオナムジを守る大結界は
東西南北に存在する。
 
南の大結界を守る女神が
須世理姫だ。
読み方は「すせりひめ」
 
東の大結界を守る女神が、
奴奈川姫だ。
読み方は「ぬながわひめ」
 
西の大結界を守る女神が、
多紀理姫だ。
読み方は「たごりひめ」
 
北は古代史の謎と言われ
わからない。
考古学者も首をひねってる状況。
 
ただ、古事記にヒントが隠されている。
 
オオナムジが須世理姫と歌を詠み合う場面。
 
「私は、明日旅に出る。を着て行こう。いや似合わない。
黒を来て行こう。いやいやこれも似合わない。
やはり、私にはが一番良く似合う。」といったような歌が
ある。
 
北の黒姫はいる。歴史に埋もれてしまったんだろう。
 
私が独断独説にて2000年の謎を解く!
 
南の大結界を守る女神が
須世理姫。
読み方は「すせりひめ」
神色は赤=朱。
神玉は赤メノウ(瑪瑙)。
(朱雀)
 
東の大結界を守る女神が、
奴奈川姫。
読み方は「ぬながわひめ」
神色は青。
神玉はヒスイ(翡翠)。
(青龍)
 
西の大結界を守る女神が、
多紀理姫。
読み方は「たごりひめ」
神色は白。
神玉は白メノウ(瑪瑙)。
(白虎)
 
北の大結界を守る女神が、
北の黒姫(海士の黒姫)。
読み方は「あまのくろひめ」
神色は黒。
神玉はアワビ玉(アバロ二パール)。
(玄武)亀と蛇
 
北の黒姫が歴史に埋もれた原因は
2つある。
 
ひとつは
①彼女の神玉が残らなかった。
他の女神と違い硬玉ではなく
黒い軟玉だった。もしくはもっと化学的に
弱い物だった。
 
考古学者が陥りやすい落とし穴が
北=隠岐の島
黒=隠岐の黒=黒曜石
 
それでは謎は永遠に解けない。
 
隠岐=北=黒までは良い。
隠岐=海士としなくては謎の解明に届かない。
 
海士=大昔は巨大なアワビの一大産地だった。
巨大といっても、
日本本土のチンケな20センチ30センチ
じゃ~無い  
 
40センチ~50センチはあったであろう巨大さだ。
 
35センチを超えるアワビはかなりの確率で
鮑玉(アバロ二パール)=アワビの真珠を持つ。
 
本土のお寿司屋で聞いて欲しい。
「アワビから真珠が出た事ありませんか?」と!
おそらく、こう言われるだろう。
 
「お客さん!何をバカな事を。アワビが真珠持ってたら
今頃、うちは大御殿が建ってますよ  
そんなん聞いたことも見たこともないですよ」と。
 
そのはずだ!彼らは残念なことに、
巨大アワビを見たことも触ったことも無いからだ。
では、予算のある方は是非
島根県隠岐島 島前 海士町に行ってみてほしい。
 
そこでお寿司屋に行って聞いてください。
 
大将にさっきと同じ質問をするのです。
 
答えは・・・・・・・。言わないでおきます。
 
自分で確認された方が楽しいですね。 
 
今でも海士の秘海には直径30センチを
超えるアワビが潜んでいます。
 
形が不揃いで黒く光るアワビの真珠にヒントを得て、
品種改良+人口栽培したものが
日本の技術であり、
今の白くて本当に丸い綺麗な真珠玉だ。
 
②もう一つは、
おそらく彼女は‘ふる出雲人’でなかった。
倭神(倭人)でもなかったんじゃないだろうか。
航海術にたけた南国の女王の血筋だった。
玄武=亀と蛇の女神、
 
龍蛇神の女神だ。
 
この女神のおかげで
歴代のオオナムジは北陸(越)~宗像(筑紫)~古代朝鮮(辰韓)
までの大航海が容易に行えたのではかかろうか。
 
そう考えた時!
  ‘ふる出雲’は一大ロマンとなります。
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
数千年の歴史の中で
 
おそらく
最初に入手困難に陥ったのが
ヒスイの勾玉だろう。
 
私もヒスイの勾玉を
14個持っているが
 
ロウカンのヒスイ勾玉とは比較にならない
レベルのものだ。
 
おそらく
綺麗な青=緑のヒスイは
早い段階で採れなくなったんだろう。
 
その次にアワビ玉が採れなくなった。
 
あるいは
時代・歴史が下るにしたがい
アバロ二パールの
経年変化を時の権力者が
嫌ったのかもしれない。
 
白メノウは
今でもザクザク
島根県松江市湯町の山から採れる。
 
この白メノウに
焼きを入れると
赤メノウになる。
 
色を濃く出来るかが
職人の技だ。
 
 
写真は
那売佐神社の境内。
 
雨に濡れ
金色に光る百日紅。
 
木の幹途中の
穴からモミジの木が
生え
 
緑の葉っぱが生き生き
としてました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
宝くじの御礼に参った
 
休日の
出雲市東神西町
『那売佐神社 』
読み方は「なめさじんじゃ」
 
 
今度は
野草がところどころ白いのでビックリしたら。
 
いくつもの白い泡の塊のお出迎えでした。
 
最初は
モリアオガエル?かと思ったんですが
 
カエルにしては小さな泡の塊で、
 
なんてことはない    
 
アワフキムシの卵でありました。
白い泡の塊の先端が
綺麗な透明のティアードロップのようで
思わずシャッターを押した次第であります。
 
 
須世理比売様
 
ありがとう。   
この神社は
 
いつ来ても
静寂で、明るい、
綺麗な神社です。
 
地域の方々が
遠い昔より
 
大切にしてこられた
神社だというのが
 
良くわかります。
 
 
 
 
 
 
古代出雲パワースポット(25)
 
 
松江市浜乃木町
『野代神社 』
読み方は「のしろじんじゃ」
 
御祭神はオオナムジ
 
実はこの神社、おそらく新しい。
しかし主祭神がどうにも気になる。
 
 
神社の看板にこう明記してあったのだ。
 
主祭神:大己貴(オオナモチ)命(大国主(オオクニヌシ)命)
      事代主(コトシロヌシ)命
      建御名方(タケミナカタ)命
 
この建御名方(タケミナカタ)命と明記してあった為
 
古代出雲パワースポット(25)としたのです。
 
なぜなら、タケミナカタは、
沼河比売(ぬなかわひめ、奴奈川姫)の息子だから。
 
さらに
この神社の持ち物に興味がわいた。
 
宍道湖に浮かぶ、たった一つの島を
この神社が所有しているのだ。
 
嫁が島という小さな島だ。
 
そこには、小さな神社の祠が鎮座している。
この主催神が多紀理姫だったなら
驚きだったのだが、残念ながら
同じ宗像三姉妹の別女神であった。
 
この神社、新しいのだが
何か歴史を、‘ふる出雲’を感じた。
 
目に見えない重みのようなものだ。
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
本殿左にある、
 
とても大きな
お稲荷さん。
 
そのさらに裏にある
これは
結界といってもいい
場所。
 
丁寧に御参りして下さい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
これは昨日の日曜日
那売佐神社に御礼に行った
 
帰り道に購入した勝負くじ券です。
 
7月5日しか全く頭に浮かばない為
 
この結果となったものです。
 
80,000円当たってます。  
 
これは現実なのでしょうか・・・・・・。
 
古代出雲パワースポット
 
恐ろしすぎます。
 
いやいや大感謝しています。
 
本当に。
 
ほっぺたを何十回つねっても
現実です。 
 
 
白いアワフキムシの卵さんにも
ありがとう。
  ‘ふる出雲最強最愛’の女神。
 
須世理姫!
この方のパワーは
凄すぎます。
 
これは科学で解明出来ない、凄い世界です。
 
 
 
 
 
 
 
宝くじの御礼に参った
 
PM8:00の那売佐神社。
 
勿論明かり一つ無い。
 
静寂・真っ暗闇の世界。
 
懐中電灯も持たず
本殿へ向かった。
 
一般の観光客に知られていない神社というのは
普通電灯は灯されてない。
 
例えば、
米子の粟島神社や、
松江の古曾志神社、野代神社に
夜8:00に参ると普通の方は恐いと思う。
 
が、この神社は違ってた。
 
満月の灯に照らされて
本殿がパッと明るいのだ   
 
自然の明かりを上手く採りいれた
先人の知恵を感じる。
 
暗闇に溶け込む本殿。
 
見上げると
白く光る女神が右手を上げ
舞っている姿が見えたのは
私だけなんだろうなぁ~・・・・・・・
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
満月の夜
 
本殿を囲む巨木の
葉っぱの間から
差し込む月明かり。
 
 
領布(ひれ)を持ち
舞う
 
須世理姫の女神の舞いに見えた方
 
あなたにも大幸運
間違いなしです。
 
  ‘ふる出雲’最強最愛の女神さま
 
重ね重ね
ありがとうございます。
 
 
 
 
 
 
 
お寺の裏には大抵
 
お墓があります。夜中、一人では
ちょっと行けないですよね。
 
 
神社もそうです。
夜の神社は暗く、しかも横や
裏手には、お稲荷さんや
 
暗い結界のような場所がセッティングされています。
普通の人は近づけないでしょう。
 
これらの理由といいますか
仕組みといいますか
仕掛けは、やはり先人の知恵なのです。
 
寺社・仏閣は歴史もあり
様々な重要文化財や、代々伝わる‘お宝’など
貴重なものが大なり小なり保管されています。
 
こうゆうものに一般人が、
近づかないように仕組まれ・仕掛け
られた!まさに先人の知恵なのです。
 
人の見て無い所では余計に
悪い事をしてはならないという
 
遺伝子が
 
数千年に渡ってしみついている
日本人ならではの仕組みでしょうね。
 
諸外国では考えられない事実だと思います。
この
オオナムジ像が
置いてある場所は
 
ちょっと
言えないです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
8月3日か4月6日が気になり購入した
 
宝くじ券です。
 
「71」「74」は、この前
当ててもらってますんで、まさかとは思いましたが
 
『何―っ』って事がえてして起きるのが
この世界です。
 
「72」も、ついでに遊びで買いました。
 
とにかく人が購入しない数字を買うと
当たるのです。
 
23,800円当たってます    
 
 
やっぱりあれは、月明かりに舞う
 
白装束の女神だったんでしょう   
 
姫神さま
 
ありがとうございます。
 
 
ホントに心底感謝感激です・・・・・・。  
 
須世理姫の金運パワー
にたまげてばかりの
 
今日この頃。
 
何かひしひしと
大幸運の予感が
します。
 
胸騒ぎが
止まらないのは
気のせいでしょうか?
 
予感がします・・・・・・。
 
 
 
「74」は、昨日
当ててもらってますんで、まさかとは思いましたが
 
『何―っ』って事がえてして起きるのが
 
この世界なのは   
 
すでに周知の事実。
 
「72」も、ついでに遊びで買いました。
 
とにかく人が購入しない数字を買うと
 
当たります。
 
 
23,000円当たってます  
 
須世理姫さま
 
ありがとうございます。
 
 
ホントに心底ありがとうございます・・・・・・。  
 
まさか
まさかの同数字。
2日連続でした。
何か、大幸運が起こる
前兆の気がします。
 
  ‘ふる出雲’パワースポットに感謝しかありません。
 
 
 
 
 
 
杉の寿命というのは
 
平均して500年と言われています。
 
天然林は屋久島から東北まで
列島南北に巾広く分布しています。
 
特に天然木は木目も細かく素晴らしい木が
全国にたくさん残っておるのです。
 
一直線に天に向かって伸びる大木は
‘ふる出雲人’にとっては
 
神様からの贈り物だったに違いありません。
 
出雲で有名な松はおそらく
40mくらいで成長が止まった可能性があり
 
隠岐の島の  ‘松’  以外はなかなか
大きな材料は利用出来かねたのでは
ないでしょうか?
 
60mを超える、大きな天然杉が
  ‘ふる出雲’の時代
標高200m未満のところに
 
まだまだ沢山あったのではないか?
と想像します。
 
(植林杉と、天然杉の見分け方は
枝がいったん下に向かって生え
また上に向かって伸びてるものが天然杉です。)
古代出雲大社の
柱は天然杉です。
 
現在の本殿に
使われている柱材も
 
6本くらいは
杉だと思われます。
 
写真は
出雲大社境内で発見された宇豆柱(うずばしら=棟持ち柱です。
 
 
 
 
 
 
 
 
お稲荷さんを
 
怖がる方がたくさんいる。
 
 
恐れている人もいるだろう。
 
 
片方で、お稲荷さんを敬い尊ぶ方々も
いらっしゃる。
 
 
どっちが良いとは断言出来ないが
 
 
普通に接した人が
 
 
 
 
最後は守られる       そんな気がします。
 
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
 
お稲荷さん
の裏にまわると
お稲荷さんの
出入りする丸い穴が
あります。
そこを守る
稲荷神です。
 
大変なパワーを
感じる方々も
たくさんいらっしゃるんでは?
 
丁寧に御参りして下さい。
 
 
 
 
お稲荷さんを
 
キツネの化身とか思ってしまうと
 
 
もうその時点で
 
 
お稲荷さんには参られなくなるんじゃないだろうか。
 
 
じゃあ
 
  ‘ふる出雲人’の遺伝子的には
 
どう思うのか?
 
実は
 
他の日本人とは
かなり違う感じ方で接するのだ。
 
どう接するか?   
 
 
それは、次回のお楽しみに・・・・・・・。
結界の中に、鎮座する
お稲荷さん!
 
丁寧に御参りして下さい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
お稲荷さんとは、大和にとっては
 
宇迦之御魂神(うかのみたま)=倉稲魂命の事だ。
 
穀物・食物の神。
 
その他、この食物神を受け持つ神々は
 
豊宇気毘売命(とようけびめ)
保食神(うけもち)
大宣都比売神(おおげつひめ)
若宇迦売神(わかうかめ)
御饌津神(みけつ)
 
等の主祭神を合わせ祭る。
 
 
しかし、これだけの年月を経ても
一種独特の世界を作り上げている
お稲荷さんには、
 
何かほかに
人間(大和の遺伝子)が恐れる理由があるように感じる。
 
それは、おそらく
 
稲荷神に隠された出雲大女神の存在かもしれない。
結界の中に
立つ稲荷神。
 
妖気を発してるように
も見えない事はない。
 
丁寧に御参りして下さい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
須世理姫のパワーが凄い事は
十二分にわかったつもりだが、
 
あまりにパワーが強いと
人間はおじけずいてしまう。
 
あるいはたくさんの人々が恐れて敬う。
 
こうなると、時の権力者達は面白くない。
 
なにか近づきがたくしてしまいたくなる
仕組みを作りたくなったのではないだろうか?
 
もし、須世理姫よりも
パワーのある女神がいて
民衆がこぞって何百年も敬っていたとしたら。
 
権力者達にとっては、
目の上の‘たんこぶ’だったんではなかろうか?
 
そんな、
霊妙な稲田の女神がいたとしたら。
 
あまりのパワーに名を串蛇(くしなだ)と言われた女神。
 
「奇し稲田姫」=櫛名田比売(くしいなだひめ)
 
スサノオの正妻。
‘ふる出雲’の大女神だ。
 
須世理姫の母親なんだろうが
なぜか?はっきりとは伝わって無い。
 
隠されているか?隠されたか?
 
出雲大女神ごとお稲荷さんに
 
封印されたか?
 
 
これが、‘ふる出雲人の遺伝子’が
稲荷神を恐れない理由なのだ。
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
結界に立つ
稲荷神。
 
笑って見えるのは
私だけでは
ないでしょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
宝くじの御礼におとずれた
 
まだ明るい時間帯の那売佐神社。
 
今月になって
 
何度、訪れた事か!
 
全く苦になるわけも無く
 
朝4時だろうが、夕方8時だろうが
御礼に参ってるわけであります。
 
高さ30mを超えるコウヨウザンの木。
 
高さ20mを超えるクロモジの木。
 
 
何度訪ねても、さわやかな空間だ!
 
 
須世理姫さま
ありがとうございます・・・・・・・・・・
クロモジを覆う緑の苔が今日は何故か
 
白い苔と変わってました。
 
白が幸運を呼ぶのでしょうか?
 
 
 
 
 
クロモジの木に付いていた
白い小さなカタツムリさんにも
御礼を言って
 
那売佐神社をあとにしようとした、
その時!
 
何か本殿に気配がして、もう一度
拝礼した。
 
妙に、‘白い’物に縁がある。
 
須世理姫は、南の大結界を守る‘赤の女神’。
 
  ‘白’というのは何の意味があるのか?
 
 
そういえば、西の大結界を守る‘白の女神’
多紀理姫を祭る神社に、まだ参ってなかった。
 
此処も参れという事か?
 
多紀理姫を祭る神社は、九州の沖ノ島:宗像神社。
 
島根の出雲大社本殿。
 
‘ふる出雲’的には、どこか?
 
それは、鳥取県にある。
 
此処に、参れと言われているんだろうか?
 
行ってみる事にしよう。
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
写真を
スクロール
拡大してください。
 
銅鏡に何か写ってるのが
見えますか?
 
須世理姫の横顔に
見えた方
 
大金運!大幸運!
 
間違いなしです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
古代出雲パワースポット(26)
 
 
米子市宗像町293
『宗像神社 』
読み方は「むなかたじんじゃ」
 
御祭神は宗像三女神
 
多紀理毘売命(たきりびめ)
市寸島比売命(いちきしまひめ) 
多岐都比売命(たぎつひめ)
 
御存じ、大和朝廷の重要な
玄界灘を守る神々。
 
 
この神々!
  ‘ふる出雲’の観点から
海の女神であるのは間違いなく、
 
とくに多紀理毘売命に重きがおかれる
のも間違いない。
 
なぜなら
西の大結界を守る女神。
多紀理姫。
読み方は「たごりひめ」
神色は白。
神玉は白メノウ(瑪瑙)。
(白虎)だからだ。
 
 
この神社の本殿は
非常に新しい。
 
鳥取県と島根県の寺社に関しての
考え方の違いを端的に表している。
 
鳥取県は、もったいない事をしている。
出雲風土記をよくよく読まなくてはならない。
 
  ‘ふる出雲人’にとって
 
もっとも崇拝されるべき神名火は、
伯耆富士:大山だ。
 
 
出雲風土記には、「火神岳」(ほのかみだけ)と記されている。
ここで思考がとまれば、伯耆は過少評価される。
 
よくよく読むと!
『出雲国風土記』によれば古くは「大神岳(おおかみのたけ)」
と呼ばれていた と書いてある。
 
これが‘ふる出雲人’からのキラーパスだ 
本当に鳥取県は、もったいない事をしている。
 
はっきり言って、
 
  ‘ふる出雲’とは島根県+鳥取県で間違いない。
これを分離・対立・伝統の廃れをさせる事が
当時の時の権力者の作戦だったと言う事に
いまだに気がついてない。
それだけ、古代出雲にとって鳥取県は
非常に重要な地、あるいは古代出雲そのものだった
という事に気がついてない。
 
簡単な事実だ。
出雲=島根と思ってるあなたは、
大和の遺伝子を引き継いでいる。
 
出雲=島根&鳥取と疑いも無く思ってるあなたは、
  ‘ふる出雲’の遺伝子を引き継いでいる。
 
生粋の島根出身である私が言ってるから
間違いない。
 
つくづく鳥取県は、もったいない事をしている。
 
ただ、この米子市/宗像神社 
 
美保神社と同じく
この神社の裏山に‘ふる出雲’をみる。
 
翡翠の勾玉工房跡が発見されないだろうか?
この神社に参ったあと
 
とある夢をみた。
 
内容は言えない。
 
何かが、隠されてる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
那売佐神社にて
 
あまりに白い色に縁があり
思わず行った宗像神社。
 
これと言った感触もなく、やっぱり那売佐神社が
一番良いなぁ~と独り言をいいつつ
次の日   買った1,000円宝くじ。
 
もちろん適当に無差別に、いい加減な選びようだ。
しかも止めときゃいいのに   無謀なストレート狙い  
 
ナ・ナ・ナント 
 
96,100円 当たってます!
 
須世理姫さま、凄すぎます 
 
言葉がありません・・・・・・・・・・。
 
これは、須世理姫と
出雲大女神/奇稲田姫の御蔭なんでしょう。
 
女神々様、ありがとうございました。
 
出雲大女神を祭る神社は八重垣神社かぁ~ 
此処は、新出雲っぽいしなぁ~ 
 
三屋神社があったかぁ~  
 
でもあそこは、4世紀後半のような・・・・・・・・?
 
やっぱり、那売佐神社が一番いい 
 
また御礼に参るとしましょう 
信じられない状況です。
 
ミニというのは
たぶん誰でも当たってると思います。
 
ストレートは中々
当たらないとは
思うのですが・・・・。
 
出雲の女神々様
のパワーは
 
強力すぎます。
 
いやいや、
大感謝しています。
 
 
 
 
 
 
 
みなさんと‘ふる出雲’の伝説の世界を
旅してきましたが、
 
一つとても疑問といいますか?
しっくりこない事があります。
 
納得出来ないと言うべきか  
 
美保関町にある、古式ゆかしい神社、
『美保神社』の主祭神は美穂津姫ではないと
断言したのは間違いない事実です。
個人的見解は奴奈川姫であるべきと思ったのですが、
どうやら、その娘姫神の
『御穂須須美姫』
読み方は「みほすすみひめ」であった可能性が大きいと
思うにいたった次第であります。
 
出雲風土記には、美保神社の主祭神は
御穂須須美と明記してありますし。  
 
という事は、
御穂須須美姫は奴奈川姫より先に
亡くなったのでは?
 
いとしい娘を失った奴奈川姫は
それをきっかけに‘ふる出雲’を脱出したのかもしれない。
 
  ‘ふる出雲’を脱出した母姫神を祭る事は出雲では
ありえない。
 
その前の、この地で亡くなった姫を祭った。
 
しかし、古事記・日本書紀の頃
有無を言わさず
主祭神を美穂津姫に変えさせられた。
こんな筋書きだったんではないでしょうか。
美保関町にある
 
幸魂神社
読み方は「さきたまじんじゃ」
 
美穂津姫のお墓の跡
とある。
 
御穂須須美姫で
間違いないでしょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
美保関町のはずれにある
 
幸魂神社
読み方は「さきたまじんじゃ」
 
この神社より下る事1分弱。
 
此処に、まったく手入れもされず
屋根はトタン板で虫食いだらけの材木で
台風が来たら、もう倒れそうになりながら
たたずんでいるのが以前紹介した、
 
古代出雲パワースポット⑰
 
松江市美保関町
『美保神社 境外社 地主神社』だ。
読み方は「じぬしじんじゃ」
 
主祭神はオオナムジと奴奈川姫との間に
生まれた女神『御穂須須美姫』
読み方は「みほすすみひめ」
 
 
この扱いは、‘ふる出雲’的には許されない。
 
島根県は、どうか幸魂神社を遺跡調査してほしい。
鏡か勾玉か銅矛がでてくるんじゃなかろうか。
 
この姫神はもっと大切にしないと必ず罰があたる。
 
とくに今出雲大社は遷宮中で
本殿の結界からオオナムジは出ている。
 
御穂須須美姫のひどい扱いを知ったら、
オオナムジの怒りは頂点に達し
出雲まじない(出雲呪い)を発動するんじゃないかと
思ったのは、私だけだろうか・・・・・・・。  
 
出雲風土記に奴奈川姫の子供は御穂須須美姫しか
掲載されてない。
 
奴奈川姫の息子の建御名方命(たけみなかた)
には触れられてない。
 
その推測としては、
 
大和に対しての戦術か?
 
あるいは、奴奈川姫が‘ふる出雲’に来てすぐ出産したのが
建御名方命(たけみなかた)で、
 
その後、ご懐妊~出産したのが御穂須須美姫であった
可能性もある。
 
  ‘ふる出雲’の民は御穂須須美姫に重きを置いた。
 
そして美保神社の主祭神となった。
 
神名火山の見える、この港で。
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
裏に、誰かが置いた
 
稲荷神の白い置物が
 
土に埋もれて倒れていた。
 
思わずひろって
鎮座してもらった。
 
御穂須須美姫は
もともとは、
美保神社の主祭神であるべき女神だ。
 
なんとかならないものか・・・・。
 
虚しすぎます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
これはわかってて当てました。
 
ただ、8個に絞っての事です。
 
8個に絞れたことが奇跡的でした。
 
38,200円当たってます 
 
  ‘ふる出雲’パワースポットの御蔭でしょう。
 
ただ・・・・・・・・・・。
 
なんとなく   また当たる気がしてるんです 
 
 
こんな事を言ったら罰が当たりますね・・・・・・。
 
 
でも当ててもらえる気がします。
 
 
ひしひしとしています。 
 
 
 
本当に、不思議です・・・・・・・・・・。
  ‘ふる出雲’の女神々
様の御蔭です。
 
ありがとうございます。
 
小さなお稲荷さんにも
ありがとう。
 
 
 
 
 
 
 
 
高速道路の無料お試し期間が
 
ついに6月19日で終了します  
 
 
高速道路を通れば出雲~米子
 
出雲~松江はあっという間に
着いてしまうってのに。。。。。。。。
 
 
那売佐神社は出雲インター降りて
5分の所にあります。
 
何度と御参りさせてもらい
大いに楽しみの一つでしたが
 
 
なかなか簡単に行けなくなってしまいます 
 
 
よ~っし 
 
高額当選をゲットして 
 
何度も御参りしますから
 
スセリ姫様
 
しばしお待ちを・・・・・・・・・
6月の那売佐神社は
 
白いガクアジサイの
歓迎をうけました
 
また
御礼に参ります
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今朝の新聞に
 
大きく1面を使って
 
那売佐神社の特集が載ってるでは
ありませんか 
 
古事記1300年を記念した
‘神話のふるさと’というコーナーでした。
 
個人的には、№1の神社です。
 
しかし、新聞では‘その37’での紹介でした。
 
ですが、土曜日の休みという事もあり
 
たくさんの地元の方々に読んでもらってるはず
ですから
 
お参りされる方もいらっしゃるかも知れません。
 
古代出雲パワースポット№1の神社です 
 
隠れた‘ふる出雲’の知られざる
 
№1神社です! 
境内裏に立つ
 
榊(さかき)の
大きな木。
 
よくよく見ると
 
たくさんの蕾がぶら下がってるでは
 
ありませんか!
 
榊の白い花が
もう少しで満開と
なりそうな
 
那売佐神社の境内
でした。
 
 
 
 
 
地元新聞に
那売佐神社の特集が組まれていた
のを
 
ヒントに購入した宝くじ   
 
 
さすがにミニ『37』狙いですと
あまりにもあまりですから
 
少しずらして大口勝負としました。
 
42,000円当たってます  
 
地元の新聞を読まれた方々も
当たった方いらっしゃるんでは
ないでしょうか!
 
  ‘ふる出雲’パワースポット
 
凄いの一言です 
 
 
ありがとうございますの
言葉しか出てきません・・・・・・。  
那売佐神社の
境内裏の
榊の大きな木に
 
たくさんの白い蕾が
ぶら下がっていました
 
そろそろ白い花が
咲いてる頃です。
 
須世理姫さまの
金運パワーに
 
感謝しまくりです。
 
 
 
これは判ってて当ててます 
 
説明すると長くなってしまいますので
割愛しますが、
 
この5つしか考えられない数字でした。
 
大口勝負にて 
 
59,000円当たってます 
 
  ‘ふる出雲’パワースポットのパワーに
感謝しきりです。
 
須世理姫さま
ありがとうございます。 
 
何か知れませんが、胸騒ぎがします。
 
買ってはいませんが、ストレート確信数字で言うと
8種に絞ってました。
勿論、当たってました 
 
これは、何か大きな事が起きるかも・・・・・・。 
須世理姫の特集が
 
新聞の№37!
 
これをズラして
『39』『38』
『36』
『37』『33』
 
  ‘ふる出雲’筆頭
姫君さまに
感謝しかありません。
 
 
 
 
古代出雲パワースポット(27)
 
 
雲南市三刀屋町
『御屋神社 』
読み方は「みとやじんじゃ」
 
 
国道54号を広島に向かうと
 
三刀屋という町に入る。
 
大きな川が並行して走ってる。
途中を右に曲がると出雲市へと向かうように
なる。曲がってすぐのところにある神社が
この三屋神社だ。
 
三刀屋とは、昔=『御門屋』と書いた。
 
どうやらオオナムジの政治の中心地であり
 
御帝の門のある屋敷が集まっていたところらしい。
 
神社事態はさほどの
古さは感じ無い。千年と言ったところか???
しかし、この裏山に得体の知れぬ‘ふる出雲’を
感じるのは私だけだろうか???
 
須世理姫の
お母さんの櫛名田比売(くしいなだひめ)の銅鏡が
出土したとの伝説。
 
母の形見に須世理姫が持っていて
それを埋葬していたとも言われている。
 
いずれも時代が合わないかもしれない。
 
しかし、‘ふる出雲’パワースポットには
間違いない場所だ。
 
主祭神はオオナムジ。
 
スサノオ・櫛名田比売(くしいなだひめ)の
3神。
 
 
須世理姫がいないのが気にかかる。
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
この’お稲荷さん’の
裏山が
 
間違いない
 
  ‘ふる出雲’パワー
スポットでしょう。
 
櫛名田比売(くしいなだひめ)の銅鏡とは
どんなものか?
 
一回見てみたいものだ。
 
私の両手に巻いてある
 
勾玉のリングが
 
ここが
 
まぎれもなく
 
  ‘ふる出雲神々’の
首都であると
 
教えてくれてる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
古代出雲パワースポット(28)
 
 
雲南市大東町
『須我神社 』
読み方は「すがじんじゃ」
 
 
この神社は、島根県というより
全国的に有名な神社となっている。
 
日本初の宮という事らしい。
主祭神はスサノオと櫛名田比売(くしいなだひめ)
 
私は個人的に
この神社を‘ふる出雲’パワースポットに
加えるか?????
非常に迷った。
 
大変お叱りを受けるだろうが
 
おそらく本当の主祭神は違うと 
 
今でも確信している。
 
大和の策略か?
途中で主祭神を変えたか?
 
美保神社の事が頭をよぎった。
 
ここは、‘ふる出雲’の時代
大変優秀な土着のリーダーがいて
そのリーダーは本当にスサノオ級に
立派な長だった。
 
この長に敬意を表して
古代出雲パワースポット(28)としたのだ。
 
その長(おさ)神が、
いつの間にかスサノオとすり変わったとしか考えられない。
 
あくまで私個人の主張だ!
 
いや戯言だ・・・・・・・・。
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
私の両手に巻いてある
 
勾玉のリングは
合わせて4重の勾玉だ。
 
小滝川のヒスイ
姫川のヒスイ
出雲碧玉
出雲白メノウ
出雲赤メノウ
 
全く反応しなかった。
 
 
和歌はとても美しいが・・・・・。
 
構成が新しすぎる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
宝くじの御礼に参った
 
7月の那売佐神社。
 
ウソの様なホントの話をします。
 
本殿に向かって御礼を言ってたら
目の前に白銅色の玉虫が飛んで来たんです。
 
七色の大和玉虫ではなく、ウバ玉虫です。
 
時計の反対廻りに、私の頭の高さで
右に右に飛びまわって行きました。
 
歩いて追っかけられるスピードです。
 
ちょうど大きな榊の木の所で
上に飛び去って行きました。
 
白い榊の花が咲いてましたので
那売佐神社を背景に撮った写真がこれです。
 
此処までは、別段驚きもしないのですが
写真を撮った直後 
 
私の足元で音がしたんです。
 
な・な・何と 
 
小さな幼蛇(40㎝くらい)が
私の足と足の間にいたんです。
 
しかも頭から20センチくらいが
白いシマヘビです。
 
これが不思議と私を怖がらないんです。
 
こっちをゆるりゆるりと
振り返りながら山に帰って行きました。
 
これは、何を意味してるのでしょうか?
 
きっと何か良い事の前兆なのでは
ないでしょうか?
 
そんな気がします・・・・・・・・。
ちょっと
 
来るタイミングが
遅かったです。
 
白い大きな花を
咲かせた榊の大木は
 
本来なら、80個も
100個も
 
可憐な白い花を
ぶら下げていたでしょう
に・・・・。
 
でもこんなに
たくさんの榊の白い花
を見たのは
生まれて初めてです。
 
須世理姫さま
ありがとうございます
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
3月6日か?
 
6月6日か?
 
4月6日が 
 
妙に気になり、購入しようと思いきや
急にハクショんンと(894) 
クシャミが続けざま6回続いたため
 
これは間違いないと  
買った2000円宝くじ・・・・・・。
 
20,200円当たってました!
 
白銅色のウバ玉虫さん、ありがとう。
 
榊の白い花さん、ありがとう。
 
首が白い蛇さん、ありがとう。
 
そして
 
  ‘ふる出雲最強の女神’
 
 
須世理姫さま、ありがとうございます。 
  ‘ふる出雲’パワースポットに感謝感激です。
 
『894』は、また
買ってみようと
 
密かに思います!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
たまたま
購入した宝くじが
 
当たってました!
 
20,600円です 
 
 
これは嬉しいですねーーー。
 
 
昨日、野代神社の前を通りかかったおり
 
お稲荷さんに御参りしたら
 
前回と違って
 
なんか顔が笑ってみえたんです。
 
お稲荷さんの
出入りする丸い穴をを守る
稲荷神さんでした。
 
前回はあきらかに、
不審者を見るような顔に
見えたのですが・・・・・・・・。
 
今回は、まるで別人のごとく
笑って見えました。
 
お稲荷神さま、ありがとうございました
『52』か
『50』か
『54』か
このどれかだと
 
ふと思ったのも
 
  ‘ふる出雲’の
パワーの御蔭なんでしょうね。
 
女神様、
ありがとうございます
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
やっぱり、野代神社の
 
お稲荷神さんが笑って見えたのは
間違いなかったようです。
 
オオナムジ=「6」を表します。
 
とにかく「6」が気になり気になり
 
なんとなく購入した宝くじ  
 
オオナムジ=「076」×2
 
36,800円当たってました  
 
あの、お稲荷さんの裏の穴を
守る稲荷神さんが、なぜ笑顔だったのか?
 
こういう事だったんですね 
 
でも感受性の強い方
 
敏感な方は、此処には
 
絶対に近づかないで下さいね。
 
本当に、行ってはダメですよ 
 
約束です・・・・・・・・・・。
 
‘ふる出雲’のパワー恐るべきです。
 
女神々様、ありがとうございました。
出雲碧玉を見てると
吸い込まれそうな
雰囲気です。
 
須世理姫を表す
赤メノウは
邪気を払うかの
ごときパワーです。
 
翡翠は
冷静さを保たせます。
 
アワビの黒真珠は
まだ持った事がなく
不明です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
明け方5時の那売佐神社はヒグラシの
大合唱でした。
 
この夏は
少し変でして、7月初っぱなから
朝晩にアブラゼミではなくヒグラシなんです。
 
さらに、夕方の7:30くらいに
森に行きますと
セミの幼虫が木に這い上ってきてます。
 
それも1匹、2匹ではなく10匹くらいが
蠢いてます。
 
天変地異なのでしょうか??
 
白い羽化寸前のセミの出迎えに
邪魔しないように
 
御礼を言って
お参りして帰りました。 
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
  ‘ふる出雲’最強最愛の女神
 
須世理姫さま
 
本当に
ありがとうございました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
国宝出雲大社の本殿向かって
東側に北島さんがあります。
 
そのさらに東側に
大変立派な建物が建っております。
 
『古代出雲歴史博物館』です。
 
展示品は、それはそれは
そうそうたる古代出雲を誇る収蔵品です。
 
先日、ひょいとお邪魔し
見学してきたのですが
 
その中に、人骨が展示されていました。
 
とても古い人骨で
‘ふる出雲’の時代か、もう少し前かも知れません。
一目で男性の人骨であったろう事がわかります。
 
これは出雲大社の裏の日本海側にある
猪目洞窟から発見された10体を超える人骨のひとつです。
 
猪目洞窟には、多々伝説が有り
ここの景色を夢に見ると死神が迎えに来るとか
 
此処が黄泉の国に入り口であるとか
さまざまな言い伝えが残っております。
 
このコーナーは
マイナーなコーナーですので勝手な事を
多々述べておりますがひとつ皆様に
お教えしておかねばならない事があります。
 
夏にぴったりのお話です。
 
皆さんは、漁師が魚を捕るとき
大物で高級魚をどうやって捕ると思いますか?
 
生きた魚とか、新鮮な魚の切り身とか?
ルアー?疑似餌??
 
惜しいですね。
 
生きた黒猫を土に無理やり埋めて
半年後、掘り出します。
 
骨になってますから、綺麗に洗うのです。
 
すると、とてもキラキラと光って、
綺麗な光沢のある骨となってます。
とくに黒猫が最高で
黒猫が苦しんで死ねば死ぬほど
 
もっとも光輝くと言われていました。
 
それを加工し、今で言う‘ルアー’を
作ります。
 
この生き殺しして作った
黒猫の骨ルアーは
たいそう良く大物が釣れたそうです。
まるで殺された黒猫の怨念が
宿ってるかのごとく大物を
仕留めたとの事です・・・・・・・。
 
感の良い方は 感の良い方は 
 
気がつかれましたでしょうか?
 
気がつかれましたでしょうか?
ロウカンのヒスイ
とは、
 
  ‘ふる出雲’パワースポット№24の真名井遺跡より出土した
 
国内最高峰の
硬玉の翡翠(ヒスイ)
勾玉です。
 
此処、
古代出雲歴史博物館に
展示してあります。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あ~、それで漁村には黒猫があまりいないのか?」
 
 
それも、ちょこっとだけ的をえてますね。
 
2011年=現代は良い道具がたくさんありますから、
こういう事はなくなりましたよ!
 
この展示人骨ではなく、
今は、大学の研究室に出されていますが
 
猪目洞窟より出土した人骨の中に
若い女性のシャーマンと言われている人骨が
1体発見されています。
 
その人骨はまるで
近年まで存在していたかの如く、
光沢を持った綺麗な人骨です。
 
人骨ですが、美人であると想像させるには
十分の輝きを放ってます。光っているのです。 
それはそれはとても光ってるのです。
 
腕には、シャーマンを意味する貝の輪をしてました。
 
事実を言います。
 
この若い女の子のシャーマンは
何らかの理由で
 
おそらく天変地異の責任を追及され
生きたまま埋められたのです。
 
2千年近く経って発掘された時、
光沢をもった人骨として発見されます。
 
このような事を踏まえ
猪目洞窟出土品を鑑賞してください。
 
知らないで綺麗だとか、美人だとか言うと
可哀そうですから。
 
このシャーマンは,とても苦しんで
 
死んでいってるのです。
 
 
出雲大社は全国で2つしかない
二礼四拍手一礼の大宮です。
 
オオナムジの鎮魂の為と言われてます。
 
もう一か所は、大分県の宇佐市にある
宇佐神宮です。
 
なぜでしょうかねぇ~ 
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
宇佐神宮の上宮
 
この下の発掘調査は
した事があるのでしょうか?
 
綺麗な光沢のある
人骨が発見されれば
それが‘ふる出雲’を
愛した、
あるいは‘ふる出雲’と同盟しようとした
 
姫女神かも知れません。
 
単なる私個人の
戯言です。
 
 
写真は、
 
宇佐神宮の神域に咲く
 
綺麗な神々しい
 
  ‘蓮の花’
 
大いなる秘密を抱いて
咲き誇っているようだった・・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ん~何となく気になった
 
7月7日
6月7日
9月7日
 
あまり自信は無かったんですが
大衆の裏をかき
6月7日かなぁーーと思いつき
 
売り場に向かった6時15分 
 
お盆で=売り場は閉まってました 
 
諦めかけてた6時30分!
 
目の前に銀行のキャッシュコーナーが 
 
ギリギリセーフでした。
 
18,000円当たってました 
 
なんという幸運。
 
幸せです。。。。。。。
 
須世理姫さま、ありがとうございます。
 
白いセミさんにも、ありがとう。
猪目洞窟の女性
シャーマン様のパワー
でしょうか?
 
彼女も女神さま
何でしょう。
 
紀元300年なら
 
  ‘ふる出雲’の女神様として、
十分可能性ありです。
 
  ‘ふる出雲’の
女神々様、ありがとう
ございました。
 
 
 
 
 
古代出雲パワースポット(27)で紹介した
 
雲南市三刀屋町
『御屋神社 』=『三屋神社』=『御門屋社』
読み方は「みとやじんじゃ」
 
なぜか、気になりもう一度取り上げます。
 
今の、神社は建って1,000年。
 
創立年代は不明。
 
  ‘ふる出雲’の時代、この邑には
オオナムジの正倉があったとも言われている。
 
この神社の裏山を高丸山というそうだ。
一群の古墳があり、多くの副葬品が出土している。
しかも‘ふる出雲’の時代は
この古墳上に社殿があったとされる。
 
 
古墳から出た副葬品に
櫛名田比売(くしいなだひめ)=奇稲田姫の銅鏡があると
前にも紹介した。
 
出雲大女神の手鏡(笑鏡)だ。
 
いつか、
この山にゆっくりと散歩に出かけたい。
 
裏山の真下に鎮座する
お稲荷さん=稲荷社は
まるで、我々を
山に近づかせないように睨みをきかせて
監視しているようだった。
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
お稲荷さん
には、
櫛名田比売(くしいなだひめ)=
久志伊奈太美等与麻奴良比売命(くしいなだみとよまぬらひめ)
が隠されていると睨んだ。
 
それだけ、
この大女神の
パワーは強大で
大和が恐れたのでは
ないか?との
個人的推理だ!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
これは判ってて当ててます。
 
3月7日
3月9日
3月6日
3月8日
 
大衆の裏をかき
3月7日か?
 
7月3日だろうなぁ~と思い
 
ボックスで買ったので有ります。
 
 
売り場のお姉さんにも
これは必ず当たりますから
買ったほうが良いですと言ったんですが
 
お姉さんが、通そうとされた時に
タイムオーバーとなってしまいました。 
 
お姉さん、申し訳ない 
 
 
26,600円当たってました 
 
なんという幸運。
 
 
  ‘ふる出雲’の女神々様、ありがとうございます。
 
『御屋神社 』=『三屋神社』=『御門屋社』
のお稲荷さま
ありがとうございました。
宇佐神宮の上宮
 
真ん中に祭られている
女神さまは、
 
本当に宗像三女神の
女神々様なのだろうか
 
個人的には
神屋楯比売命だと推理
する・・・・。
 
この女神はコトシロヌシの母。
出雲大女神と呼ばれ
ただろうに
 
なぜか突如歴史から
消える
  ‘大女神様’だ。
 
 
 
 
 
 
 
想定外のミニ当選です 
 
 
売り場に着いたのが
 
6:30分で・・・・・・・・・・。
 
もう間に合わない為、
 
走り書きにて適当に書いた
 
『30』~『35』ミニ 
 
24,600円当たってました!
 
これは・・・・・・・・・・。 
 
出雲大女神々様に感謝しかありません。
 
 
出雲大女神々様に感謝しかありません。
 
初代/‘ふる出雲’筆頭大女神さまは、
櫛名田比売(くしいなだひめ)様
 
 
二代/‘ふる出雲’筆頭大女神さまは、
須世理姫(すせりひめ)様
 
 
次に控えるべき
  ‘ふる出雲’大女神さまは、
奴奈川姫(ぬながわひめ)様
 
 
次の
  ‘ふる出雲’大女神さまは、
神屋楯比売(かむやたてひめ)様
多岐都比売(たぎつひめ)様と同人物とも言われている。
売り場のお姉さんが
 
時計を
2分進めてあるから 
と言われた為、
 
もしかして『32』が来るかも??
 
と思ってたら、来ました 
 
売り場のお姉さまに感謝です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その次の
  ‘ふる’出雲大女神さまは、
多紀理毘売(たごりひめ)様
 
 
  ‘ふる出雲’と大和で
 
大女神々様の順位が当然の如く変わるのですが、
 
独断と偏見で 
 
  ‘ふる出雲’における出雲大女神さまは
 
 
もう‘おひと方’を除きまして、この通りであります。
 
もう一方とは、私の個人的妄想で
 
龍蛇の女神=『北の黒姫』さま。
 
知られざる‘ふる出雲’大女神様だ。
 
大和では北の玄武神は
亀と蛇の合神だが  
 
  ‘ふる出雲’においての
北の玄武神は大鮑(おおあわび)と龍蛇の合神だ。
 
隠岐の島を本拠地とした
月の満ち欠けと方角を見ての航海術と
月の満ち欠けによる海産農産物/豊穣の女神。
 
この月の女神の
神玉は他の女神と違い勾玉ではなく  
 
アワビ玉(アバロ二パール)。
 
現代でも、隠岐の海士町には直径30センチを
超えるアワビがいる。
このくらい大きくなると変形(アメーバ形)黒真珠を体内に
持っている。
 
この海域には、
昭和20年までなら直径50センチがいたはずだ。
 
  ‘ふる出雲’の時代なら直径88センチアップも
いたろう。もし、直径1mを超えてた場合
間違いなく大きなアバロ二パールを宿していたであろう。
色はブラックシルバービ―コック。
油を水に落とした時の光沢を持つ。
 
島根の大きな神社の神宝が
大アワビの殻なら、この推理は的を得ているだろう。
 
そして北の黒姫の母神は
大和においての謎の神。
 
ツクヨミではないか???というのが
私の持論。あるいは本人そのものか????
 
しかも、月読(ツクヨミ)は女神ではないか??
と予想する。
 
いや、間違いなく女神様だ。 
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
 
 
 
 
 
ここ最近何度かトライしてる事がある。
 
 
それはサルガ鼻洞窟への陸路上陸ルートの
攻略だ。
 
 
しかし、これが難しい。
 
 
60代の方々にお聞きすると
 
簡単に行けるとよくおっしゃるのだが
 
 
現代においては、これが難しいときてる。
 
あとは、海路しかない 
 
 
手造りのカヌーで行くか?
 
 
漁船で行くか?
 
 
どちらもハードルは高い  
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
サルガ鼻洞窟周辺は
入り江がいりくんだ
海岸が続く。
 
国道はおそらく埋め立てによる直線道。
 
名も無い神社が
あった
 
気になる神社だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  ‘ふる出雲’の時代
勿論、現代の国道県道はない。
境水道を小型船団にて日本海へ抜けていたんだろう。
 
少し開けたところに集落が点々とあり
そこに神社を建てたんだろうことは
想像できる。
 
美保神社はその最たる規模と重要性があった
に違いない。加賀や、野波にも神社を作った。
 
歴代のオオナムジは
今の大庭や、安来より中海を横断し
大海崎や大井、本庄、手角に定期的に
巡回しなくてはいけなかった。
 
何かの理由があるはずだ。
 
勾玉の製作???
 
海産物の入手???
 
新鮮な飲料水の確保???
 
そんな事を考えながら
国道431を走っていた。
 
すると!
 
『・・・大明神』と書いてある。
 
新しい神社なんだろうか?
 
 
大きな切り株が2つ境内にあった。
 
 
ん~古さを感じる神社なんだが??
こんなに細っそりした
お稲荷さんは
初めてみる形だ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
間違いなく言える事は
 
 
‘ふる出雲’の時代、小型船団は海岸沿いを
 
 
突き進む中、サルガ鼻洞窟の脇をかすめて
 
 
境水道を美保関に向かっていたこと!
 
 
この状況下で、オオナムジがこの洞窟を
 
 
何もせずに見ていたとは到底思えない。
 
 
何かある   
 
 
いや、待てよ!
私が‘ふる出雲人’なら何を欲するか?
 
新鮮な水と、ミネラルたっぷりな新鮮な塩。
日本海から塩を入手したくなる。
 
山を南北に縦断すれば近いではないか?
塩の道をつくれば良い。
 
東西に横断すれば、持田神社、法吉神社
秋鹿神社を簡単に結ぶ。
 
対岸の神庭の里より見て
目立つ最初の山が、
霊峯/枕木山。
出雲風土記曰く=大倉山だ。
 
そうか!
 
大倉山とは大蔵山=宝の山=神宝の山。
 
この山には、今でもアコニタムの花が咲いている。
ツルニンジンはじめ多くの薬草の宝庫地だ。
 
アコニタム=『於宇』。 これは、神庭の里の神薬。
 
毒消し用の特殊土器は大井の里で作る。
処方は加賀の里・法吉の里・秋鹿の里あたりで
分担し   
 
神庭の里へ集約していた。
原料の薬草アコニタムを海上輸送していたかも?
あるいは、他の必需品を海上輸送していたかもしれない。
 
大和の侵攻と同時に、もし
この技術が、ヌナガワ姫とともに北陸に逃れたなら
 
北陸が薬草王国なのもうなずける。 
 
ヌナガワ姫の失踪とともに
翡翠勾玉の製作集団も忽然と消えた。
 
‘ふる出雲’の謎は女神とともに
闇へと消えて行ったのだ。
 
それは歴代のオオナムジへの信愛だった・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・に違いない。
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
洞窟に向かうにあたり
 
オオナムジが
近くの神社で儀式を
していたはず。
 
ここがそうなのか。
 
わからない???
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
何気に購入した宝くじ。
 
適当に、なんの根拠もなく 
 
なんと!
 
18,200円当たってました 
 
古代出雲神々様、
 
歴代の古代出雲女神々様に感謝しか
 
ありません。
 
 
このところの推理の線で行くように
 
後押ししてもらったんでしょうか?
 
 
ツクヨミの大女神さま
 
ありがとうございます。
 
北の黒姫様
 
ありがとうございます。
アコニタムの薬草製作
集団の存在!
 
という適当な
いい加減な持論は
 
もしかすると
当たってるのかもしれません。
 
‘ふる出雲’の大女神
々様より
 
OKが出た気がして
きました・・・。
 
 
 
 
 
古代出雲パワースポット(29)
 
松江市美保関町町
『権現山洞窟住居跡 』
読み方は「ごんげんやまどうくつじゅうきょあと」
 
 
美保関の知られざる旧海岸線。
 
これは、県道国道沿いではなく
 
旧海道沿いと言った方がわかりやすい。
 
大昔、‘ふる出雲’の時代は海の道しかなかったと
仮定し、海岸沿いの切り立った断崖を見ながらの
航海  いや、巡行巡回であったと予想しての事だ。
 
サルガ鼻洞窟は、人が住んでいた形跡がある遺跡。
 
猟場だったのか?
それとも永住地だったのか?
 
少なくとも‘ふる出雲’の時代は人は住まなかった
 
いや住んではいけなかった。
 
祭司・儀式が行われていたと考えるのがセオリーでは。
 
謎だらけだ。
 
本当に、勾玉も銅鏡も埋められてなかったんだろうか?
 
不思議だ。
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
サルガ鼻洞窟より
もっと美保関よりに現存する、
  ‘ふる出雲’の時代は
海面の崖にあったろう遺跡。
 
その名も
『権現山洞窟住居跡』
 
ここからも土器しか
発見されていないようだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
対岸から見たサルガ鼻洞窟 
 
おそらく写真右端の近くに
洞窟群があるのではないか?
 
この山越えの道が存在するらしいが
造船所の敷地から行くのか????
 
山越えをした場合
尾根沿いにもし山の頂きに出れた場合
そこから見える風景は 
 
北は隠岐の島、南は大山、
すぐ対岸に嵩山(だけさん)、
尾根並びの向こうに枕木山。
 
そんな風景が想像されるが・・・・・・。
 
それとも??
はたまた写真左手から攻めるのか 
 
しかし、この風景は心を揺さぶられます   
 
 
大昔歴代のオオナムジの率いた小型船団は
この風景を見ながら美保関に向かったのでしょう。
 
 
上陸を模索したい。
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
私がもし!
 
  ‘ふる出雲人’だったら
 
間違いなくこの風景の
左手の一際高い山に
注目したろう。
 
この山の頂か死角の谷に勾玉・銅鐸・銅剣を
埋めている!!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  ‘ふる出雲’の神奈備山を貫く塩の道
 
今の島根県人でも知ってる人は極まれだ。
 
塩の道のポイントは、
 
山の清水とアコニタム=『於宇』。
 
そして神奈備と言えば磐座(いわくら)の存在を
忘れてはならない。
 
この条件が見事にそろう神奈備山がある。
 
今でもひっそりと、人知れず存在する。
 
歴代のオオナムジは何か手掛かりをのこして
ないだろうか?
 
きっと何か、我々の知らない何かを
 
残しているに違いない・・・・・・・。
 
 
 
アコ二タムの花々が
 
100を超える群草が・・・・・。
 
 
何かを言いたそうに咲いていた。
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
神奈備山の裏道。
 
巨石が7個も8個も
転がるように
鎮座している。
 
全く無名の磐座。
 
名前なんて無い
 
周りぐるりを
 
『於宇』の花々が
 
取り囲んでいるだけだ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
島根県に広瀬という町がある。
 
個人的には日本いや
世界でも有数の美しい町だと思っている。
 
何が美しいか?
 
まず、世界に誇れる『足立美術館』という
 
これは、小さな子供から
達観された御隠居までをも
虜にするであろう日本庭園を持つ
 
素晴らしい美術館の存在を挙げる。
 
そして町を城塞のように囲む
大きな川と大きな山々の存在。
 
その上流や、奥山の美しさ。
 
川の水は、今でもそのまま飲める。
奥山の幸は、ここで述べても
信じてもらえないくらい豊かな森。
 
この美しい邑に‘ふる出雲’は無いのか?
 
私個人の戯言ですが、・・・・・無いと思う。
 
なぜなら、此処は
 
野城大神=野義大神の鎮座する
 
邑である。
 
  ‘ふる出雲’討伐隊の前線本部は
意宇におかれ、その後大和の大集団が
統治した邑がここではないか?と
 
一人で勝手に思ってるからだ。
 
そう!
ここは新出雲に間違いないのだ 
 
 
大和の本家直属の邑といっても差し支えない
と個人的につぶやいている。。。。。。。。
 
 
 
やおよろず
新出雲にも、八百万の神々は鎮座する。
足立美術館の手前の
鎮守の森、いや
 
薬守の森がある。
 
此処は、広葉樹の森。
 
おそらく、
 
大昔は食材の宝庫、
薬草の宝庫であった
事だろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
鎮守の森=薬守の森は
 
今でも、この島根・鳥取には
至る所に残されている。
 
 
広葉樹を中心にこんもりとした山だ。
 
ほぼ間違いなく神社がデンっと座っている。
 
恐らくその下は、古墳である事は
疑いようが無い。
 
薬守の森には、今でも十分
 
庶民が常食出来る、自然の恵みが残されている。
 
自然薯、ツル人参、キノコ、山菜、薬草。
 
それを狙ってやって来るさまざま
野生動物。
 
各邑に最低一つの神社が鎮座し
その邑をまとめていた。
 
邑には大きな川があり、廻りを守るように
大きな山々が取り囲んでいた。
 
この川や、山も大自然の恵みを人々に
与え続けていた。
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
広瀬町植田に鎮座する
 
名もなき神社。
 
此処も
鎮守の森=薬守の森だ
 
お稲荷さんが
じーっと見守ってくれている。
 
感謝の気持ちを忘れてはならない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
サルガ鼻洞窟へ向かう陸上ルートが
おぼろげながら
 
ふとしたきっかけでみつかった。
 
境港からみて正面右より
狙うのがセオリーだと
万人が思うと思う。
 
しかし、事実は違った。
 
正面左より行くのだ 
 
この写真は、
サルガ鼻洞窟へあと2㌔の地点。
 
まずこの50年、松江市民はおろか
島根県民も目にしたことは皆無の
北面壁だ。
 
行ける。来年の夏には紹介出来る。
 
そんな気が、ひしひしとして来た。 
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
この壁面を見ながら
 
歴代のオオナムジ達は
 
美保関へ向かっていた
 
それはまちがいない。
 
詳しく調査したかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
1年ぶりに湯梨浜町にある『倭文神社』を訪ねた。
 
古代出雲パワースポット①
 
鳥取県にある三つの国宝の中の一つ!
 
国宝『倭文神社』だ。 
読み方は、「しとりじんじゃ」
 
 
大雪でやっとこさ本殿にたどり着いた。
 
途中もし、すれ違う車がいたらアウトだった。 
 
 
正月前で、宮司さんもいた。
 
何より、御参りした途端 
 
なんともいい気分になった。
 
不思議な事もあるもんです。。。。。
 
 
さすがに、伯耆一ノ宮経塚古墳までは
行けなかった。 
 
春を待つしかない・・・・・。  
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
国宝『倭文神社』の
本殿。
立派な本殿で歴史を
感じる。
 
主祭神は下照姫。
 
  ‘ふる出雲’の
大切な女神様の一人。
 
間違いなく!
とても大事な、
キーワードを握っておられる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
他県の方々からの疑問といいますか
 
 
不思議に思っておられる事に
 
 
島根県の国宝:荒神谷遺跡群&加茂岩倉遺跡群の
 
埋葬時期がはっきり明示されてないのでは???
 
 
と言うのがあります。
 
 
そうなんです!
 
これはとても難しく・・・・・。
 
難しいというのは、学問的にというより
 
学問すればするほど、多方面の関わりといいますか
 
繋がり上。。。。断言しにくい雰囲気が学会にあるんでは
 
ないか???といったところではないでしょうか???
 
ですから、‘ふる出雲’的には非常に断言しやすいのです 
 
 
ずばり!
 
荒神谷銅剣銅鉾358本の埋葬は1世紀
 
53年3月9日の数日後です 
 
 
ずばり!
 
加茂岩倉銅鐸39個の埋葬は2世紀
 
146年8月25日の数日後です 
 
 
何故わかるかって???
 
 
それが‘ふる出雲’の常識だからです 
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
3世紀
247年3月24日
の数日後
 
古代日本に非常に重要な出来事が起きているはずです。
 
この出来事をうけ
古代三大王国に激震が走った。
 
シャーマンの宣告に従い、
 
大王は!
天の岩戸をふたたび
閉ざされてはならぬと
 
犯人を退治する為、
 
討伐隊を東西南北に向かわせるのだ。
 
 
北九州の
  ‘邪馬台国’は東へ!
 
 
鳥取県西部~島根県東部の
  ‘ふる出雲国’は西へ!
 
畿内の
  ‘古代大和国’は
動かない。
 
なぜなら畿内では皆既日食は見えてなかったのだから。。。。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
よく県外の方々に聞かれるのが
 
出雲では何処が
 
金運スポットなのか???
 
といった質問です。
 
 
今の山陰では鳥取県の金持神社とか
 
観光スポットは存在しますよね 
 
  ‘ふる出雲’的には、何処か???と
聞かれれば!
 
私は古代出雲という大きな枠組みの中から
選りすぐりの金運スポットを紹介しろと
言われれば 
 
全国の皆さんには!間違いなく此処を1番と紹介致します。
 
 
‘ふる出雲討伐隊’の軍事総大将を
 
祖先に持つこの神社。
 
 
正確には、その本殿の正面左手にある
 
小さな神社=お稲荷さん=稲荷社 
 
此処が最も金運パワーを持つと断言致します。
 
 
えっ?
 
名前は何処かって???
 
 
ヒントは無しです 
 
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
幽世(かくりよ)の
大神を祀る神社
 
この稲荷社のさらに
左手には洞窟がある
 
国譲りと引き換えに
幽世へ行った
‘ふる出雲国王’
 
しかし、
常に幽世より
新王家をみている。
 
何かあれば、
  ‘ふる出雲まじない’
を発動する。
 
  ‘まじない’とは
呪いと書く・・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ただ、人それぞれ
デザートも、メインディッシュも
車も、携帯もPCも
 
好き嫌い、合う合わないがあると思います。
 
私、個人のピッタリと来る 
 
‘ふる出雲’金運パワースポットと言えば
 
間違いなく、一も二も無く 
 
此処=『那売佐神社』と断言致します。
 
年末に御礼に行ったっきりでしたが
 
今年初めて御礼に参りました。
 
 
神の門を通り鎮守の森を抜けた空間が
この金運パワースポットです。
 
一度御参りください
 
まさに‘ふる出雲’ですよ! 
 
 

やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
古代出雲パワースポット(22)
 
出雲市東神西町
『那売佐神社 』
読み方は「なめさじんじゃ」
 
御祭神は須世理比売
 
  ‘ふる出雲最強’の
パワーを持つ
 
女神さまです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
さっすが、
 
  ‘ふる出雲’最強の女神
 
 須世理姫様 
 
何気に購入した宝くじ。
 
適当に、なんの根拠もなく 
 
 
なんと!
 
 
19,200円当たってました 
 
 
古代出雲神々様、
 
歴代の古代出雲女神々様に感謝しか
 
ありません。
 
 
 
本心より、ありがとうございます。 
 
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
山陰道の無料化が
中止されて
早半年以上が経ってしまいました
 
那売佐神社に
中々お参り出来ない
のが
 
残念でなりません。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ビックリしました   
 
スクラッチくじというのは
 
 
とにかく当たらないイメージが
 
強く 
 
 
下から2番目を1枚のみ
 
たまに・・・・・、気が向いた時 
 
 
買う事にしてますが
 
 
5,000円当たってました 
 
 
ふる出雲の神々様 
 
 
ありがとうございました。
 
 
ホント!

ビックリしました 
間違いなく
言えるのは
宝くじ何てもんは
マズ当たりまん。
 
ですから、
被害を最小にする為
1枚買ったんですが
 
  ‘ふる出雲’のパワー
恐るべしでした!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
出雲碧玉の勾玉が
 
欠けていた。
 
大慌てで、老舗のメノウ屋さんに
 
飛び込んだ 
 
 
しかし、ご主人曰く
 
勾玉が欠けるというのは、
 
身代りに守ってくれたため。
 
感謝して土に返すのがセオリーとの事。
 
 
出雲には、まだまだ
 
 
  ‘ふる出雲’の歴史が息づいている。
 
 
出雲碧玉とは、
  ‘ふる出雲’の大神々・大女神々達を
鎮めるための新出雲の民々を代表する
 
リーダー達の必須アイテムだったのでは
ないか?とふと思った・・・・・・・・・。 
 
 
 
やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
二つも割れるなんて
驚きだ。
 
翡翠の勾玉は
まず割れない。
 
幽世の大神の勾玉は
翡翠のはずだ。
 
間違いない!
 
  ‘ふる出雲’の神宝は
翡翠の勾玉である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
H24.3.9(金曜日)
 
久しぶりに此処出雲に
 
考古学的ビッグニュースが飛び込む。
 
松江市/石屋古墳より出土されたいた
 
人物埴輪セットが国内最古と確認された
 
とのニュースだ。
 
ちょっと、個人的には違和感を持ったが
 
島根県としては
 
良いニュースだった。
 
この新出雲の古墳
最初から450年から500年くらいの
古墳であったと予想されていたと
記憶している。
 
なぜなら、馬の埴輪に馬具が付いていたから。
 
今回の発表は5世紀中ごろとある。
 
つまり、450年付近と言う事で
 
我々、出雲のものにとっては、なんら変わったことでもない。
 
が、しかし日本最古と認定されたとの事。
 
ん~、なんの意図やら・・・・・・。
 
では馬の馬具の無い
 
古代出雲パワースポット⑯
 
松江市古曽志字丹花庵372
『丹花庵古墳』
読み方は「たんげあんこふん」
 
『許曽志社跡』より180m奥にある
 
長持形石棺の露出した古墳。
 
大王の墓といわれる長持形石棺がある。
(全国ではの話)
 
此処山陰では、
まったく注目もされていない。
我々素人が直接手で触れることが出来る。
 
 
これは、もっと古いはずなのだが・・・・・・。
 
 
 
やおよろず
新出雲にも、八百万の神々は鎮座する。
この
石屋古墳からは
 
力士型埴輪も出土
してる。
 
出雲力士と言えば
 
野見宿禰
(のみのすくね)
 
ここ出雲には
宿禰のお墓を祀る
神社もある。
(分骨)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
昭和53年の遺跡発掘品が
 
平成24年に日本最古と認定された。
 
此処に、‘ふる出雲人’としては
 
大変な違和感を覚えたのかも知れない。
 
  ‘野見宿禰’は出雲の力士との伝説。
 
勿論、新出雲だ。
 
そして修行したところが
 
古代出雲パワースポット③
島根県にある六つの国宝の中の
一つである
 
国宝『神魂神社』
読み方は、「かもすじんじゃ」との伝説。
 
  ‘野見宿禰’は、
大王が死んだあとの
大勢の殉職をあまりにも切なく、
人的財産の消失を嘆き、
埴輪による殉職回避案を提出したとの伝説。
 
しかし、これは‘ふる出雲’の民達にとっては
おそらく常識であったのではと推理します。
 
宴と祭りと集団見合(縁結び)にて
国を大きくしていった
  ‘ふる出雲’にとって女・子供・邑人
これは何にも変えられない
宝だったからです。
 
 
  ‘野見宿禰’の分骨を
祀る墓は、菅原道真を祭る神社の
裏山に人知れず鎮座している。
 
 
 
          やおよろず
新出雲にも、八百万の神々は鎮座する。
菅原道真は
伝説によれば
 
生まれは
 
奈良市
京都市(3ヵ所)
松江市
 
の4か所。
 
後世の人達が
恐れたのが
 
彼が出雲国出身だった
場合、
  ‘ふる出雲まじない’
が出来たかどうか?
 
まじないとは呪いと書く。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
休みに日本海で
 
魚釣りをしてたところ
 
足元に見慣れぬ貝がいました。
 
一目でタカラガイ(宝貝)とわかり採取。
 
あ~、あの時の親貝の子孫かぁ~。 
 
と、2年前の台風一過の日本海を
 
思い出しました。
 
 
あの時子供の拳大の白っぽい気味悪い
ナマコみたいなもんがいまして、
 
子供に触ったらいけないと注意した
謎の生物。
 
あとあと、わかったのがタカラガイの親だった。
という事実。
 
次の日曜日はもう、いなかったタカラガイの親。
 
 
あのときの子孫が繁栄してるとは。。。。。。
 
 
宝貝とは、古代中国の貨幣。
 
これを求めて、古代中国人は世界の海を
 
探索してたのは容易に推理できます。
 
  ‘ふる出雲’よりも、紀伊海道=天皇家と密接な
繋がりがあったと思われる。
 
この、日本海にもタカラガイは存在する。
 
なぜなら、隠岐の島と島根半島の間には
 
黒潮が流れているから。
 
 
  ‘ふる出雲’沖には、
キイロタカラガイがいなかったんだろうなぁ~。
 
 
 
          やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
海の帰り道
 
宝貝に気分を良くし
購入した
 
宝くじ。
 
『39』『89』しか
思い浮かばなかった
のですが
 
16,000円
当たってます。
 
千円札1枚しかなく
 
惜しい事をしました。
 
五千円札があれば・・・・・・。
 
 
ふる出雲の神々様
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
タカラガイ(宝貝)の有名な生息場所と
 
言えば、一も二も無く
 
沖縄諸島海域だ。
 
そして、ここで生まれた卵が暖流に乗って
 
紀伊半島南部にぶつかる。
 
貨幣として流通していたキイロタカラガイの
大きさはおそらく小粒であったはず。
 
2千年前、いや前後の中国人?
 
あるいは貨幣を扱う商人?部族?
 
航海の民は、当時!
世界中を探しまわっていたのは容易に想像がつく。
 
当時の事だから
 
沖縄諸島ですら、難航海であったろう。
 
それを、和歌山南端までたどり着いた民は
いたんだろうか???
 
いたとしても、当初の目的を目指してから
 
もしかすると数百年経っていたかも知れぬ。
 
キイロタカラガイは、役目を終わっていた。
 
航海技術・小型造船技術・土木技術
薬草医療技術・武器製造技術
他民族を統括する技術(官僚の存在)
 
◎◎帝国とか、◎◎朝とかの
高度な管理能力を知ってる民が
 
あるいは、歴史上その資質を持つ民が、
暖流とともにやって来た可能性もある。
 
日本海側とは、一味違う
 
歴史の種が芽吹いていたのではないだろうか?
これは、確信して買いました。
 
もう少し早く
売り場に到着していらら・・・・・・。
 
ふる出雲の女神々様方
 
15,400円
 
ありがとう
ございました!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ここは、ふる出雲でもなければ、新出雲でもない。
 
しかし、なぜかしら悪い気がしない神域。
 
それもそのはず、此処は江戸時代
厳重に神域として管理されていた殿さまの直轄地。
 
いや、魂の幽閉地だからだ。
 
幽閉されたものは
オオナムジでもなければスサノオでもない。
 
普通の夫婦だ。
 
ただ、夫は十二支の血による‘出雲まじない’が出来たようだ。
(まじないとは呪いと書く)
 
同じ神社に菅原道真が祭ってあるのは偶然だろうか?
 
石工(いしく)職人も凄い。
昭和の人間国宝級の出来だと思う。
 
あらためて思う。島根はすごい所だ。
これは、本殿真後ろにある
 
稲荷社
 
しかし、祭ってあるのは一般の女性。
 
花子と言う美しい女性だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
左右の狛犬は、島根最古のものを
 
 
名も無き名工が再現した巨大なもの。
 
 
その技術は、素人の私にもわかるくらい凄い。
 
 
さらに後ろには、
 
 
島根最大級の稲荷がひかえている。
 
 
左右2対。
 
 
圧倒される。
花子という美しい女性に感謝しないといけない。
 
旦那さまと、安らかに眠って下さいと。
 
 
 
 
 
 
 
正面向かって西壁の龍の目。
 
 
こちらも‘まじない’で防御する。
 
 
しかしこっちは、‘ふる出雲呪い’だ。
 
 
負けるわけがない。
 
 
 
こんなところがあったとは知らなかった。
 
 
島根は奥が深い・・・・・・・。
出雲国 住人
 
治山峯 作
 
 
 
 
 
 
神社 社票柱の下にさり気なく
 
彫ってある石工(いしく)職人の粋。
 
 
この石は来待石といって
 
どちらかと言うと脆い石で、このような
 
 
彫刻はされないのだが、
 
おそらく石の選別と石との対話
 
 
本人の圧倒的な造形技術。
 
 
今にも走り出しそうなリス達だった。
 
 
34年前に彫ったという事。
 
 
信じられない・・・・・・・・。
石の標注をみて
なんとか屋根をつけたり
 
博物館に収蔵させたいと思ったのは何年ぶりだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
お稲荷さんを怖がってはいけない。
 
 
感謝する。
 
 
心のどこかで怖がると
 
 
新出雲まじないがかかってしまう。
 
 
それは気をつけなくてはならない。
 
 
私は、いつも感謝している。
 
 
 
       やおよろず
新出雲にも、八百万の神々は鎮座する。
圧倒されるパワーです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  ‘ふる出雲’の解釈では
 
お稲荷さんには、大女神・女神が隠されている
 
なぜなら‘ふる出雲まじない’を自由に操れるものは
 
夫である大神ではない。大神は教えてもらっただけ。
 
術者は大女神、女神なのだ。
 
それを怖がった新国王が自らの恐怖の根源を
 
お稲荷さんへと封印した。
 
 
花子さんもそうされた・・・・・・・・・。
 
 
そして歴史の、ある1ページには
封印した本人は若くして亡くなったと書いてある・・・・・・・・・・。
 
 
恐怖と地獄の苦しみとともにとは書かれてはいないが。
 
 
花子様、ご安心を私が‘まじない’をかけておきます。
 
 
  ‘ふる出雲まじない’は地獄の果て、黄泉の国まで追っかけますから。
 
 
 
 
’まじない‘とは、呪いと書く。
 
 
 
      やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
さすがに2mを超えると
 
圧巻です。。。。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
此処も  ‘ふる出雲’でも新出雲でもない。
 
伯耆の神社。
 
灯篭の柱は普通左右対称で、四角柱というのが定番だ。
 
それが、どうだこの神社の灯篭。
 
 
ノミが生き生きと踊ってる。
 
 
おそらくこの灯篭はこのまま風雨にさらされ
 
次の遷宮時に、交換されるんだろうが
 
 
あまりにももったいない・・・・・・・。
 
 
秋の鹿に、亀。
出雲国 治山峯
 
どんな男だったのか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
此処も‘ふる出雲’でも新出雲でもない。
 
伯耆の神社。
 
灯篭の柱は普通左右対称で、四角柱というのが定番だ。
 
それが、どうだこの神社の灯篭。
 
 
ノミが生き生きと踊ってる。
 
 
おそらくこの灯篭はこのまま風雨にさらされ
 
次の遷宮時に、交換されるんだろうが
 
 
あまりにももったいない・・・・・・・。
 
 
秋の鹿に、亀。
出雲国 治山峯
 
どんな男だったのか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
こちらは、
 
鶴に、秋の鹿。
 
このくらいならまだ驚かないかも知れない。
 
 
この灯篭の秘密はまだ二つある。
 
実際に、この二つの灯篭を目の前でみて
戴きたい。
 
 
この石工(いしく)職人、ただものではない。
出雲国 治山峯
 
無名の職人とは思えない。
 
 
 
こちらは、玉をつかむ龍。
 
灯篭の柱は真っすぐなものだが
 
下方向に膨らみを持たせ
 
 
迫力を倍増させている。
 
 
しかも、それはもうひとつの最高傑作を冠する為
でもある。
 
 
出雲国 治山峯
 
天性の技なんだろう。
 
 
 
灯篭の笠はドグロを巻く龍。
 
こんなアンバランスな造形を灯篭の上に
 
笠として乗せてる。
 
 
しかし、よくよく見ると
 
 
アンバランスどころか、ピシッと重心が決まり
 
 
ぶれて無いのだ。
出雲国 治山峯
 
ますます興味のわく男だ。
 
 
 
ドグロをまく‘龍の灯篭’を見たのは
 
おそらく私は初めてだ。
 
この男、石と会話してるんじゃないかと思わせるほどの、
 
圧倒的なレベルの差を感じさせる。
 
他の石工(いしく)職人の出番はなかったろう。
 
目の前で、見て欲しい。
 
 
口の中、そうだ。歯の彫り込みはどうやったんだろうか。
 
 
すごい。
 
 
木にはない、嚙まれたら喰い千切られる迫力だ。
出雲国 治山峯
 
この男、この神社に何を見たのか?
 
 
 
 
 
 
 
 
このバランス感覚。
 
 
なぜ?
 
 
この神社だったのか?
 
 
もっと有名で、本人も名をあげれる選択肢も
 
あったっろうに。
 
 
やはり、この神社に‘この男’は何かを見た。
 
 
それが何かは、私にはわからない。
出雲国 治山峯
 
この男を信じよう。
 
 
 
 
 
 
 
この神社を‘ふる出雲’パワースポットにいれるわけには
ならないが、
 
まぎれもなく
 
山陰のパワースポットだ。
 
 
米子市橋本町『阿陀萱神社』
 
 
この男、昭和59年までは確実に山陰に息づいていた。
 
 
おそらく神社好きの方々でも知ってる人は、極少数だろう。
 
 
大酒飲みで手が付けれない大男だったのか?
 
 
はたまた物静かな‘おとなしい男’だったのか?
 
 
今となっては、知る由も無い・・・・・・。
 
 
出雲国 治山峯は、八百万の神々に可愛がられていた事は確かだ。
 
 
この男には、この言葉を捧げたい。
 
 
 
     やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
出雲国 治山峯
 
惜しい人材を失った。
 
山陰は人材の宝庫だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
古代出雲パワースポット(30)
 
 
宗像市田島2331
『宗像大社 辺津宮 』
読み方は「むなかたたいしゃ へつみや」
 
「宗像大社」とは沖ノ島の沖津宮(おきつみや)。
 
筑前大島の中津宮(なかつみや)。
 
宗像市田島の辺津宮(へつみや)。の三社を指す。
 
 
裏伊勢などと称されるパワースポット。
 
 
宗像三女神を祀る。
 
 
おそらく後期オオナムジの時代に‘ふる出雲’の時代が
かぶるであろう。
 
 
新出雲の時代にとっては重大な意味合いを持つ神社。
 
 
 
                           やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
御祭神は
市寸島比売命(いちきしまひめ)
 
別名:狭依毘売命(さよりびめのみこと)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
宗像市田島2331
『宗像大社 辺津宮 』
読み方は「むなかたたいしゃ へつみや」
 
 
宗像市田島の辺津宮(へつみや)の御祭神は
 
市寸島比売命(いちきしまひめ)。
 
宇佐神宮の奥宮の真ん中に祭られてると
言われている。
 
さらに、インド仏教の弁財天と同化し
 
弁天様となってしまった。
 
いちきしま=いつくしま=厳島神社
 
宮島の厳島神社の大女神様という流れだ。
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
宇佐神宮とは比べ物にならない程、
 
簡単に本殿に行ける
辺津宮。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
宗像市田島2331
『宗像大社 辺津宮 』
読み方は「むなかたたいしゃ へつみや」
 
 
沖ノ島の沖津宮(おきつみや)。
筑前大島の中津宮(なかつみや)に行った事が
ない為、軽はずみな事は言えないが
 
‘ふる出雲’の雰囲気は感じられない。
 
ラフカディオ・ハーンが感じ取った
おどろおどろしい万物の声を感じない。
 
明るく健康的なパワースポットだ。
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
この手水舎(ちょうずしゃ)に
もし、あの男が細工をしていたのならと思うと
惜しくてしょうがない。
 
 
 
 
 
 
 
 
此処は、‘新出雲’パワースポットの神社だ。
 
 
出雲国 治山峯の来待石細工の最高傑作が
奉納されている。
 
まだまだ、われわれの知らない傑作が
 
人知れず全国のどこかに眠ってるかも知れないが
 
・・・・・・・・・・・・・。
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
出雲国 治山峯
 
物部氏を崇拝していたのだろうか?
 
 
 
 
 
この神社の
 
手水舎(ちょうずしゃ)に屋根はない。
 
 
来待石造りの龍はあと20年もすれば
 
風化してしまうだろう。
 
 
何と言う存在感。石に魂が宿ってるようだ。
 
 
                          やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
出雲国 治山峯
 
この造形美には
驚くほかない。
 
 
 
 
龍の手が4本彫られてる。
 
5本は中国。
 
4本は半島。
 
3本は倭国。
 
風化は進んでいるが
 
前足は刀を持っている。
 
 
驚きは反対側の造形だ。
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
出雲国 治山
源住人と彫ってある?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
反対側には
 
下方部分にドグロを巻いた龍の尾っぽが
彫ってある。
 
そして、尾っぽの先が巻き握る物が
 
弓と弓の矢なのだ。

驚きの彫刻だ。
 
Ctrl+スクロールで拡大してチェックして
見てほしい。
 
究極の石工匠(いしくたくみ)の技だ。
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
出雲国 治山峯
 
この男の技術力は
レベルが違いすぎる。
 
 
 
 
 
 
 
 
手水場(ちょうずば)に顔を出す龍。
 
鉄製や、青銅製とは明らかに違う。
 
何と言ったら良いものか?
 
一味もふた味も違う。
 
こんな手水場(ちょうずば)は
 
全国でも見たことが無い・・・・・・・。
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
出雲国 治山峯
 
つくづく惜しい男を亡くした。
 
 
 
 
 
手水場(ちょうずば)の水を
 
今にも飲みだしそうな龍。
 
 
龍は、尻尾の先に弓と矢を持っている。
 
 
そしてこの神社の境内本殿向かって左手には
 
弓道場があるのだ。
 
 
祀られてる主祭神は物部氏の祖神だ。
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
出雲国 治山峯よ、
縁あって弓道場の床板は
一昔前、私が納品に携わった。
 
 
 
 
 
 
 
 
大田市
『物部神社 』
読み方は「もののべじんじゃ」
 
島根県
石見一宮物部神社は、
古来より文武両道の神・鎮魂の神・勝運の神。
 
御祭神=字摩志麻遅命は大和から
  ‘ふる出雲’を平定したあとに派遣され石見を
治める=物部氏の祖神である。
 
ちなみに、オオナムジは此処では
 
稲荷社に祀られている。 
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
出雲国 治山峯
 
この男は全国に出したい男だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ふと連休を利用して
 
古代出雲パワースポット(22)
 
出雲市東神西町
『那売佐神社 』に参拝した。
読み方は「なめさじんじゃ」
 
御祭神は須世理比売
 
‘ふる出雲最強’のパワーを持つ女神様だ。
 
観光客がいるわけでもなく、
いつもながら静粛な気品ある雰囲気の境内だ。
 
われわれは、30年、50年、100年先の事を思いながら
この神社も島根も運営していかなければならない。
 
子は宝。
 
60歳の者は20年先は無いと思わねばならない。
 
70歳の者は10年先は無い。
 
今!生きてるうちに、何をするか。何を伝えられたか。
 
後進は育ったのか。
 
 
残された時間はあっという間に来る。
 
 
そんな事を、ふと囁かれた気がした・・・・・。 
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
白いキノコが生えてた。
この神社!
スセリ姫様は、よほど白い物がお気に入りらしい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  ‘ふる出雲’への手がかりは、本当に少ない。
 
 
日本の古代史「空白の100年」も影響して
 
 
  ‘ふる出雲’への道を遠ざけている。
 
 
わたしはもう一つ、証拠の残らないものの存在をあげる。
 
 
  ‘ふる出雲’の民は文字を持たない。
 
 
口伝えの伝承しかないということ。
 
 
極めて非科学的で、全く説得力のかけらもない。
 
 
証拠の残らないもの 
 
 
 
ヒレか!
 
 
ひれ 女性が首にかける細長く薄い布)
 
 
これはアミノ酸で出来ている。
 
 
山陰の土壌では、まず証拠は残らないだろう。
 
 
 
これが突破口にならないか?
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
須世理姫の最強
アイテム褶(ひれ) 
 
これは間違いなく
絹だろう。
 
苧麻という考えも
あるが
 
そこまでの技術が
あったのか?
 
  ‘ふる出雲’の謎は
深まるばかりだ。
 
 
77,100円が当たった。
 
  ‘ふる出雲’最強の大女神様:スセリ姫に
 
感謝しかない。
 
 
物凄いパワーだ。
 
 
 
信じられない。
 
 
 
 
 
 
 
 
邪馬台国より遡る事=300年。
 
 
佐賀の吉野ヶ里遺跡より発掘された出土品に
 
非常に興味をひくものがある。
 
それは染色された絹織物。 
 
 
弥生時代にはすでに倭人は絹を織っていたのだ。
 
 
しかも染め上げている。
 
 
この絹は今でいう=養蚕の絹だったのだろうか?
 
 
いいや、私は違うと思う。
 
 
蚕(カイコ)の吐き出す絹でないとしたら
 
 
 
何の糸=絹なのか!
 
 
 
それは。 
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
やはり
 
日本古代史
空白の100年が
 
追跡調査を邪魔しますね。
 
中国の考古学発掘チーム等より
 
新発見でも出ようものなら
 
一気に‘ふる出雲’の
歴史が解明されるんでしょうが。。。。。
 
 
19,400円当たってる。
 
これ以外にも
 
25,000円以上=当たってたが
 
興奮しすぎて
 
写真を撮り忘れてしまった。
 
 
もう感謝しかない。
 
 
 
天蚕蛾の幼虫が出す絹
 
緑(萌黄色)の繭より紡がれたひれ 女性が首にかける細長く薄い布)
 
だったんじゃないか。
 
これを草木染めすれば
 
まさに天女の羽衣。
 
 
魏志倭人伝にも書かれいる。
 
当時の日本人=倭人は、「稲・いちび・麻を栽培し、
 
桑を育てて蚕を飼い、絹を紡ぎ、ほそあさの布・かとりぎぬ・綿を作っていた。」と!
 
 
ここに表記されてる蚕(カイコ)は、
 
もしかすると養蚕カイコに近いものかも知れない。
 
 
しかし、‘ふる出雲’における蚕(カイコ)は

天蚕幼虫であったに違いない。
 
 
その褶ひれ 女性が首にかける細長く薄い布)は
 
 
門外不出で‘ふる出雲大女神々様’の最強アイテムとして
 
 
歴代オオナムジたちを魅了していた。
 
 
 
そう私は考える。 
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
天蚕=ヤママユガの糸
 
古来より、日本に生息する大型の蛾。
 
わが国在来の代表的な野蚕で、
 
今でも
 
クタギ、コナラ、カシワ、シラカシなどの葉を食物として全国の山野に生息してる。
 
 
 
38,000円当たってた。
 
 
  ‘ふる出雲の女神々様’に。。。。。
 
感謝しかない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ヤママユガの成虫は口が退化している。
 
つまり羽化してから死ぬまで何も食べなくても生きていられる。
 
 
古代‘ふる出雲’の民は
 
この不思議な生物に何を見ただろうか。 
 
 
 
ヤママユガの吐く糸は萌黄色で独特の光沢を持つ。
 
 
絹に比べてとても軽く、しかも柔らかい。
 
 
糸の中に空気が入っているために保温性も極めて高い。
 
 
 
山陰の雪が降る地域にとって
 
 
‘ふる出雲大女神々様’にとって
 
 
 
無くてはならない一生涯の愛剣であったのだ。
 
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
 
 
この織物は染料が染み込みにくい。
まさに光り透ける天女の羽衣だったのだ。
 
歴代オオナムジ達の
胸の鼓動は
 
現代の男にも
十分理解できる。
 
149,200当選していた。
 
間違いなく
 
  ‘ふる出雲の女神々様’のお蔭だろう。
 
 
しかし信じられない。
 
感謝しかない。
 
 
 
 
ヤママユガは日本最大級の蛾の一種だが
 
最大ではない。
 
 
しかし日本最大のあるものと繋がっている。
 
それは冬虫夏草だ。 
 
 
日本最大の冬虫夏草は
 
ミジンイモムシタケという菌
 
 
ヤママユガの幼虫に寄生し出現したもの。
 
 
その冬虫夏草は鮮やかな朱色。
 
 
思い出して欲しい。
 
 
歴代オオナムジの奥方=‘ふる出雲大女神々様’の色を。 
 
 
南の大結界を守る女神
 
須世理姫の色。
読み方は「すせりひめ」
 
 
神色は赤=朱色。
神玉は赤メノウ。
 
 
そして須世理姫の武器は
 
緑の繭より紡がれたひれ 女性が首にかける細長く薄い布)
 
緑は愛するオオナムジの神色だ。 
 
 
古代出雲の遺跡より褶(ひれ )を探そう。
 
 
 
それが、‘ふる出雲’へのパスポートとなるだろう。
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
この朱色の冬虫夏草は
間違いなく薬草。
 
しかも秘薬中の秘薬。
 
米子/粟島神社の裏山
(少彦名神社)
 
にあればビンゴーだが
 
残念ながらまだ
 
 
未発見だ。。。。。。
 
 
306,000円当たってた。
 
信じられないとしか表現できない。
 
 
  ‘ふる出雲の女神々様’に感謝しかない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
須世理姫の武器は
 
緑の繭より紡がれたひれ 女性が首にかける細長く薄い布)
 
 
現代で言えば=ショールといったところか?
 
 
天蚕絹糸で今でもショールを作ってるのか?
 
 
そんな地域があるのか!というと。。。。。。。
 
 
少数の人たちが作ってる。
 
 
天蚕(ヤママユガ)を外で飼育し
 
 
天蚕糸を採っているのだ。
 
 
どこで?
 
 
長野や、大分宇佐。
 
 
長野は奴奈川姫の息子の国。
 
 
宇佐は宇佐神宮がある。
 
 
ここは、奥の院の真ん中に謎の姫君が鎮座してる。
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
天蚕は不思議な
生き物だ。
 
産卵後、すぐ卵の中で
幼虫になるが
 
ここで眠ってしまう。
 
夏・秋・冬と
長期に眠ってしまうのだ。
 
老けない薬
病気を眠らせる薬
 
こいつは、
まさに神薬の可能性を秘めるのだ。
 
 
12,000円が当たってた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
年末から年始にかけ
 
隠岐島中之島海士町に行った。
 
何がここに引き寄せるのか
 
夜、答えが出たような気がした。
 
旨い海の幸に舌鼓をうってると
 
隣の奥さんと店主の奥さんと私と蚕の話になった。
 
すると50年以上前だと推測される。
 
隠岐島中之島は絹をとっていた。
 
ここまでは別に島根も鳥取もかわらない。
 
ここからだ。 
 
何百匹か何千匹かはわからない。
 
白い可愛い蚕に混じって気味の悪い
触りたくもない大きな幼虫がいたそうだ。
 
そいつの出す糸は白くない。
 
繭は萌黄色。
 
青竜・白虎・玄武がビンゴ―だ。
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
昨年一年間で68万円ピッタリ!
宝くじが当たっていた。
 
「8」はスサノオ
 
「6」はオオナムジ
 
ふる出雲パワーには
驚かされてばかりだ
 
いや、感謝してばかりである。
 
今年は10,300円の当たりからスタートです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ふる出雲が何処にあったのか?
 
これは誰にも断定できない。
 
しかし一つだけ言えるのは今の出雲大社ではない。
 
ここは新出雲である。
 
オオナムジは一人ではない事も明らか。
 
オオナムジという冠名を引き継ぐ男は数名いたはずだ。
 
そしてその冠名は代々世襲されていった。
 
血=血族は大女神方を重んじられたことも明白。
 
ここに大和の怒りがのしかかり、ふる出雲を壊滅させた。
 
が、此処で大和は思いもかけぬ事態に陥る。
 
出雲まじないが永代にわたりかけられたのだ。
 
出雲まじない=出雲呪い
 
この威力は凄まじい。
 
命が1,000個、2,000個では足らないのだ。
 
呪い(まじない)を消す事は不可能。
 
そこで呪いを封印することになる。
 
今でも出雲呪いは、かけられ続けている。
 
それは、出雲大社に封印し続けてられている。
 
出雲呪いの恐ろしいところは
 
一度呪いをかけられたら最期、もう逃げられない。
 
江戸時代の松江藩/松平家は1度だけ
出雲呪い(まじない)をかけられ150年苦しんだ。
 
それは松江市/推恵神社に封印されたが
いまだに呪いはかけ続けられている。
 
もし松江市石橋町のとある‘お寺のお墓’が
永代供養でもされ、なくなってしまえば
 
またまた恐ろしい‘出雲まじない(呪い)’が
松江市を襲うのだ。
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
今年も
ふる出雲パワーには
 
驚かされっぱなしです。
 
感謝しかありませんね。
 
千円買って、346,200円!
 
昨年度の
宝くじ獲得賞金の半額
を超えています。
 
こんなことがあるんですね。
 
パラレルワールドに迷い込んだのでしょうか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
松江市/楽山公園のそばにある
 
推恵神社。
 
江戸時代に松江藩が直轄地として
丁寧におさめていた神域だ。
 
松江藩にとっては大真面目に天領に値する。
 
今では、この神社の言われや
 
江戸時代、何が起きたのか?
 
なぜここに松江藩の大事な神社があったのかなど
松江市民でも知ってるものは古老だけだろう。
 
本殿を時計と反対廻りに回ると
 
後ろに『御前神社』とある小さな社がある。
 
此処はパッと見、稲荷神社にみえるが
 
祭られているのは。。。。。。
推恵神社本殿に祭られている男の妻。
 
どちらも静粛な森の中で魂が眠ってる。
 
 
赤く光る両眼をあけたまま。
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
御前神社の祭神は
 
花子さん
 
美しい女性との伝説
 
 
夫の凄まじい松江藩に対する恨みからくる
 
出雲呪いを
 
わたしは彼女が
押さえてくれている
気がしてならない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2000年前の遺跡から出土した銅鏡に
刻まれた漢字です。
 
「久不相見、長毋相忘」
 
意味は⇒長い間会えなくても、いつまでも忘れないで。
 
吉野ヶ里遺跡から出土してます。
 
両腕に恐らくコウボラ貝をたくさんつけた人骨と
一緒に出土しております。
 
 
 
その次に古い例と言えば。。。。。
 
教科書的には
 
369年と言われている=石上神宮の七支刀銘文。
 
 
その次が。。。。。
 
470年と言われている=稲荷山古墳の金錯銘鉄剣。
 
 
なぜ、ふる出雲の遺跡から漢字が出土しないのか?
 
 
スサノオは間違いなく渡来人。
 
 
漢字が書けなかったのか?
 
 
いや違う。
 
恐らく‘ふる出雲’からはもうすでに
漢字は出土している。
 
 
廃棄、隠匿されたんだろう。
 
 
 
どこかから出てこないだろうか。
 
 
出てきてほしい。
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
一歩間違えば
 
大きな金額となるところでした。
 
42,000円でも
 
十分ありがたいです。 
 
  ‘ふる出雲’の大女神様々に感謝しかありません。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
銅鏡は教えてくれる。
 
邪馬台国は畿内ではない。。。。。 
 
景初3年(239年)魏の皇帝より、
 
卑弥呼に与えられた銅鏡100面
 
 
これは、まかり間違っても
 
 
三角縁神獣鏡ではない。
 
 
なぜなら邪馬台国のあった3世紀の墳墓からは
 
 
いまだに1面も出土してないのだから。
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
ここは隠岐島海士町
 
この階段をあがった
処に神社がある。
 
小さな祠のような
神社だ。
 
 
 
 
 
そもそも魏志倭人伝には
 
邪馬台国とは書かれていない。
 
邪馬台国=大和国
 
似てる発音と思ってた人は誘導されたのだと思う。
 
元々は
 
邪馬壹国と表記してある。
 
やまいちこく?
 
やまいこく?
 
やまたい=やまとでは決してないのだ。
 
 
では、邪馬壹国とふる出雲の関連は?
 
 
これは間違いなくある。
 
「では、同じ後継の大和とも関連あるではないか!」
 
そうではない。
 
  ‘邪馬壹国’と‘ふる出雲国’と‘古代大和国’
 
 
この三国は全く流れの違う国なのだ。 
 
 
邪馬台国=邪馬壹国は九州にあったのだろう。
 
これは間違いない。
 
九州の北部周辺の国の国家集団が
 
当時の中国の皇帝へ朝具してたことは
 
容易に想像がつく。
 
 
ふる出雲国は縁結びの儀式を用いて
 
日本海沿いを東に北に西に拡大した国。
 
西への拡大が邪馬壹国のグループと接触したのだろう。
 
 
古代大和国は恐らく太平洋沿いにキイロタカラガイを
求めた南部/中国方面からの軍団。
 
もしかすると沖縄~日向灘~高知~紀州~畿内。
あるいは沖縄~日向灘~瀬戸内海に入り~松山~淡路~畿内。
 
この勢力は大きく拡大し西進。
 
 
ふる出雲国の南への南下とぶつかる。
 
 
古事記・日本書紀とは
 
この三大国の複雑に絡み合った歴史が
 
生き残った王者の正史に
 
塗り替えられた書物と言えるのだ。
 
 

               やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
推恵神社
松江市ではない。
 
ここは隠岐国にある。
 
小野検校(けんぎょう)=小野尊隆が祭られてる。
 
松平出羽守綱隆に出雲呪い(まじない)を
かけた人だ。
 
それは松江藩=松江市にもおよんだ。
 
1766年~1840年に至る74年間
 
松江藩は浪速の大商人達に借金50万両を返済し続けた。
 
借金返済に追われた
74年が松江藩を強くしたとも言える。
 
1862年には軍艦をキャッシュで2隻購入出来る程、裕福になった松江藩。。。。
 
小野検校の御霊を隠岐国・松江と2か所で
厚く祭ったというか
封印した松江藩。
 
呪いを正しきまじないへと導いたのは
 
わたしは
 
妻の花子さんだと思う。
 
出雲呪いとは
 
のろいではあるが
 
正しき道に誘導することだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この三大国家の特徴は
 
古墳に如実に現れる。
 
まず卑弥呼の時代の古墳は方墳と考えて
 
良い。せいぜい30m角級の小さな古墳だろう。
 
 
そして、ふる出雲の古墳だが
 
これは有名な四隅突出型古墳だ。
 
これは邪馬壹国の規模に比べれば
 
40m角級に巨大化してる。 
 
 
問題は古代大和国
 
 
これは前方後円墳で300m級である。
 
 
此処まで巨大なものが西暦250年以降に造られた
としたら、その前はおそらく
 
円墳と方墳のセットがはじまりであろう。
 
このセット古墳で50~60m級くらいが
淡路島あたりから出てきたら
 
ビンゴーだ。 
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
ミニ
13,700円
 
ゲットです。。。
 
 
ふる出雲の女神々様に
 
感謝しかございません
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
吉野ヶ里の
2,000年前の遺跡から出土した銅鏡には
漢字が刻まれていた。と以前書いた。
 
しかも、心にじんとくる言葉が。。。。
 
 
三角縁神獣鏡にも銘文が刻まれている。
 
その内容は実に腑に落ちない。
 
 
我々、出雲のものからすれば
 
この鏡を100面もらって
 
ありがたく思うのだろうか?
 
とつい疑ってしまう銘文の内容だ。
 
 
まだ命令口調とか国家の方針のような物
なら納得いくが
 
こんな内容が卑弥呼への100面とは。。。。
 
これは違う。
 
 
では、この三角縁神獣鏡の正体は?
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
ミニが1口
 
当たってた。
 
いや当ててもらった。
 
9,500円。
 
ふる出雲の女神々様に
 
何もお返しできない。
 
ありがとうございますとしか出てこない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
西暦0年~100年くらいにかけ
 
キイロタカラガイを求めて沖縄方面より
 
東シナ海~太平洋を東進した
 
当時としては巨大な船団を操った古代中国人。
 
この集団には中国を追われた貴族がいた。
 
医者も、土木技師も、先生と呼ばれる多くの人々。
 
銅鏡をつくる集団もいたのだろう。
 
貴族が持っていた銅鏡を日本の地で型を取り
 
出国時に積み込んだ青銅を溶融し
 
畿内で製作したんだろう。
 
 
間違いない。
 
 
なぜなら三角縁神獣鏡は畿内を中心に
 
 
すでに400面以上が出土してるのだ。
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
夜の伏見稲荷は
 
とても静かだ。
 
昼の伏見稲荷は
 
今や外国人観光客に
№1の人気を誇るんだそうだ!
 
だが、伏見稲荷に
 
女神の姿を見る人は
一人もいないだろう。
 
それが現実だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  ‘ふる出雲’と‘邪馬壹国’は
 
おそらくぶつかりかけた。
 
きっかけは西暦247年3・24の皆既日食だ。
 
 
すぐさま‘ふる出雲’の歴代オオナムジは
 
縁結びによる介入を仕掛けるが
 
北九州の‘邪馬壹国’は意に反さない。
 
シャーマンによる信託か?
 
卑弥呼による命令か!
 
両者は敵対してしまう。
 
だが、このあとで異変が起きる。
 
数年後、
 
女王が亡くなったのではないだろうか?
 
 
卑弥呼亡きあとの北九州連合は混乱する。
 
 
南は宇佐あたりまで大混乱に陥る。
 
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
外国人観光客は
原色を好むのか!
 
何処までも続く
赤い鳥居。
 
私には朱玉の赤メノウ
か?
 
血赤珊瑚の赤色に見える。。。。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  ‘ふる出雲’のオオナムジ達は
 
邪馬壹国の後継国を決して攻めなかったのでは
ないだろうか?
 
粘り強く、縁結びによる婚姻関係を結び
 
 
国王家同志が家族となる事により
 
 
より強い絆を求めたと推測する。
 
 
その姿勢は特に宇佐周辺諸国や大宰府周辺
 
外堀から邪馬壹国後継連合に受け入れられ
 
 
ついに宗像三女神を祭る海外通商の要国と縁結びが
 
成功したのでは。
 
最先端海洋技術を持った‘ふる出雲国集団’は
 
このまま瀬戸内を渡り
 
瀬戸内海の交通を司る国と縁結びを
 
行おうとした時!事件がおきる。
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
中々荘厳だ。
 
深夜の伏見稲荷。
 
観光客は一人もいない。
 
わたしただ一人だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
古代大和国は‘ふる出雲’の縁結び拡大に
 
脅威を抱く。
 
此処で、‘ふる出雲討伐隊’を編成し
 
南は岡山より戦にて制圧しつつ北進。
 
東は北陸より戦にて制圧しつつ西進。
 
瀬戸内より西進し戦にて宇佐から北進。
 
この軍団が邪馬壹国連合を倒す。
 
‘ふる出雲’は古代大和国からの第一次精鋭部隊を
 
縁結び攻略にて懐柔。
 
 
しかし。。。。。。。。。
 
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
このまま登っていくと
 
三時間くらいかかるそうだ。
 
そんなにこの朱鳥居は
 
続いているのか。。。
 
さすがに深夜の伏見稲
 
荷登山はここでやめに
 
した。
 
 
 
 
 
最後は古代大和国史上最強部隊が
 
討伐という戦を全面に向かってきた。
 
これが国譲りだ。
 
国譲りという言葉は言霊となってる。
 
真実は凄惨のかぎり。
 
史上最恐の出雲まじないはこの時発動した。
 
この古代大和国史上最強の討伐隊:大将は2014年
 
今も、ここ‘ふる出雲’に鎮座している。
 
出雲市ではなく‘ふる出雲’に。。。。
 
 
宮司となり代々にわたって
 
二千年近くも‘ふる出雲’を守っている。
 
魂を神の社にて鎮めている。
 
出雲まじないを鎮めている。
 
‘まじない’は呪いと書く。
 
正しき道に戻すための呪いであるが
 
その力はあまりにも強力でひつこい。
 
逃げられないのだ。
 
2千年近く鎮めておられる。
 
頭の下がる思いだ。
 
大女神々様はその力を恐れられ
 
凄惨な迫害の末
 
稲荷神へと封印される。
 
どのくらいその力が強く恐ろしいかは
 
このコーナーを読まれた方には
 
想像がつくだろう。
 
 
だが、お稲荷さんを恐れてはいけない。
 
深い感謝をもって
 
「ありがとうございます」と
 
一言申し上げれば良い。
 
 
ただ、その一言だけを。
 
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
伏見稲荷には重軽石というものがあった。
 
願をかけ、
 
その石を持ち上げる。
 
思ってたより軽ければ
 
その願いは叶うのだそうだ。
 
わたしは迷わず、
 
日本人が皆幸せになるように願った。
 
結果は、、、、。
 
想像していたより
 
 
とても。。。。。。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2014年の師走も半ば
 
もう次の年がそこまで来てる。
 
そんな時、宝くじが当たった。
 
118,300円
 
これが4口⇒473,000円。
 
2013年が1年で68万円当たった。
 
 
2014年 
 
今年は89万5千円当たってる。
 
感謝しかない。
 
 
勿論、‘ふる出雲の大女神々様’にだ。
 
 
去年も、今年も、来年も
 
何度も「ありがとうございます」と
 
申しあげた。
 
これからも、「ありがとうございます」しか無い。
 
 
それだけは確実に言える。
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
2,000円購入して
 
473,200円が
当たってた。
 
これは‘ふる出雲の
大女神々様’の
御蔭なのは疑いようがない。
 
もう一度
お参りしなくてはいけない。
 
「ありがとうございます」と
 
伝えなくてはならない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
縁結びとは何か?
 
人間種族は普通どこも好戦的である。
 
しかし大昔に180℃考えの違う種族が
いた。
 
ここ‘ふる出雲’の地に。。。。。
 
 
 
  ‘ふる出雲’の縁結びとは家族を増やし
 
邑を大きくし
 
国を大きくする重要な儀式・行事であった。
 
 
オオナムジが隣の邑に声をかけ
 
自分の邑から成人男性と成人女性を連れて行く。
 
隣の邑も同じ人数の成人男性と成人女性にて迎える。
 
場所は、神社の境内だったろう。
 
スタートは夕刻。
 
松明を2本焚き、煌々と炎が燃える中
 
宴会が始る。
 
お互いが持ち寄った
 
海の幸、山の幸、川の幸、濁酒。
 
宴は盛り上がり
 
 
歌を唄う者、楽器を奏でる者、
 
踊りだす者、
 
お互いの家族の話や、狩猟の話、
 
愚痴も聞いてもらったかもしれない。
 
 
楽しいひと時は、
 
松明が燃え尽きたのに合わせ
 
お開きとなる。
 
真っ暗な暗闇の中
 
気に入った男女同士は結ばれる。
 
翌朝、男達は
 
結ばれた女性をそれぞれの邑に
 
連れて帰るのだ。
 
そして1年後、生まれた子供とお母さんは
 
里帰りをしたかもしれない。
 
孫は可愛い。
 
縁結びによる国の拡大は
 
 
国力・技術・物資はもちろんだが
 
何より心と心が強固につながり結びつく。
 
 
しかも代々と。
 
 
戦による国の拡大とは本質的に違う。
 
 
オオナムジと隣国の国王がたとえ仲が悪くとも
 
オオナムジの息子と隣国の姫が結ばれれば
 
やがて孫の代には仲良くなるだろうという
 
とても長い時間をかけての気の長い話なのだ。
 
 
これが‘ふる出雲’の縁結びだ。
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
この時代の
 
平均年齢は
 
多く見積もっても
 
30歳。
 
中には80歳とかいたかもしれぬが
 
40歳まで元気な者は
 
稀だったのでは
 
なかろうか?
 
したがって、
 
縁結びの宴に
 
参加した若者は
 
15歳前後だったと予想できる。
 
今から40年くらい前の
アマゾンのヤマノミ族の
 
生活風景レポートなどを拝見しても
 
それは言えると思う。
 
 
この世は
 
古今東西
 
そう昔も今も。。。
 
独占欲が強く
 
好戦的な種族でないと
 
世界では生き残れないのが常識だ。
 
では、、、、
 
  ‘ふる出雲’の心が廃れてしまったか?
 
と聞かれれば
 
わたしは脈々と
 
存在してると断言する。
 
何故と問われても?
 
明確には説明できない。
 
なんとなくなのだ。
 
きっと!
 
 
 
 
 
2014年現在も、
 
細々だが
 
強固な糸がまだ繋がっ
 
ている。
 
縁は結ばれている。
 
 
そんな気がする。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
最期の‘ふる出雲’は何処まで
 
縁を結んでいたか?
 
新潟・北陸は前々より
 
確かな縁で結ばれていたはず。
 
やはり福岡:宗像
 
そして愛媛:伊予松山
 
ここで‘ふる出雲’は終わったのではなかろうか?
 
この地域の人たちは昔からウマが合うと思う。
 
 
今でも北陸の人達とは話が合う。
 
 
こんな例がある。。。。
 
中世に‘ありがとう’という言葉が
 
京より伝わったそうだが
 
その発音は‘だんだん’であった。
 
そして福岡と松山と島根・鳥取に
 
その‘だんだん’という言葉が脈々と伝わってるのだ。
 
 
そう!今でも山陰には‘だんだん’と言う
 
 
  ‘ありがとう’は脈々と伝わってる。
 
 
何かの縁を感じるのは私だけだろうか。。。。。
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
12/26(金曜日)
 
なにげに買った
 
ミニが2枚当たってた。
 
7,200円×2口=
 
14,400円。 
 
今年は、90万9千円
を超えた。
 
心の底より
 
感謝しかない。。。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2014年が今日で終わる。
 
昨夜、今年度最後の抽選ということで
 
1年間出現していない「62」ミニと
 
このところ10日くらい出てない「4」
 
さらに20年来1回も出たことのない
 
「246」ストレートを
 
数学的に計算し直し(確率計算)
 
導き出した答えが
 
「462」ストレート
「62」 ミニ
「462」ボックス
 
これを合計:36口購入した。 
 
結果、スゴイ事になった。
 
一歩間違えばさらに恐ろしい事になってた。
 
  ‘ふる出雲の大女々神’様に大感謝で始まり
 
大感謝で終わった1年だった。
 
 
今朝の朝刊に古代発掘の特集が組まれていたが
 
 
全く見るべきものは皆無だった。
 
だが、地方紙に小さく記事が出ていた。
 
松江市鹿島町の松江市立鹿島歴史民俗資料館
の記事だ。
 
住所:〒690-0803 島根県松江市鹿島町名分1355-4
電話:0852-82-2797 
 
 
450年あたりの手がかりが掴めるかもしれない。
 
 
久しぶりにドキドキしてる。
 
そこのない土器、子持ち土器。
 
このさらに前の時代の土器の手掛かりが
ないだろうか?
 
薬草に関する土器だ!
 
毒草を薬草に長時間かけ変えるための
 
特殊土器 
 
2015年1月1日~2日は開館してる!
 
楽しみだ。 
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
「462」ストレートを
18口購入。。。。。
保険にミニ「62」を
9口&
「462」ボックスを
9口購入してます。
 
ボックス9枚ゲット!
 
12,600円×9枚=
113,400円 !!!!
 
この結果をうけ
 
今年は102万円を
 
超える金額の!
 
宝くじを当ててもらっ
 
てます。
 
感謝しかありません。
 
 
ただ、ただ、、、
 
ありがとうございます
 
しか言葉が出て来ませ
 
ん。。。。。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
年明けは大雪。
 
吹雪の2015年となった。
 
飛鳥時代は592年~710年を指す。
 
奈良時代は710年~794年。
 
この時代考証は綿密に行われている。
 
裏付けは
 
古墳時代250年~690年の間に
大きな手掛かりヒントが
ある事は言うまでもない。
 
592年から690年の約100年間は
飛鳥時代と古墳時代が重なる。
 
そしてここで大きな謎!
なぜかしら考古学はこの592年以降を
異常に研究してる気がしないだろうか?
 
 
むしろ知りたいのは空白の100年。
 
266年~413年!
(空白の四世紀と呼ばれ中国の歴史文献における
倭国の記述が全くないため、詳細不明の年代)
 
この空白の四世紀を紐解く手掛かりは
間違いなく、その前の時代考証。
 
その前の時代は何か?
 
弥生時代だ。

-300年~250年頃。
 
250年前後の遺跡を調べる事が
 
非常に重要になるのだ。
 
しかし。。。。。
 
 
なぜかしら、、、、、。
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
2015年
 
一番最初に取り上げなければならない
 
パワースポットは!
 
此処を置いてほかはない。
 
出雲市/那売佐神社だ。
 
主祭神は須世理姫。
 
出雲最強の大女神様
に間違いない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
飛鳥時代や奈良時代を
 
一生懸命発掘調査するのは
 
よくよく理解できる。
 
しかし、それは他県がすれば良い。
 
なぜ島根・鳥取が。。。。。
 
島根・鳥取は空白の四世紀にスポットを照て
 
266年~413年!を徹底究明すれば
全国の一般人から拍手喝采されるだろうに。。。
(空白の四世紀と呼ばれ中国の歴史文献における
倭国の記述が全くないため、詳細不明の年代)
 
さすればキーポイントの弥生時代末期もターゲットとなる。
(空白の四世紀を紐解く手掛かりは弥生時代だ。
-300年~250年頃)
 
しかし。。。。。なぜかしら、、、、、。
 
まさか?近代史は明治維新と同時に
 
アンタッチャブルな雰囲気となるがあれと同じで
 
空白の四世紀も考古学ではアンタッチャブル?
 
何だろうか?それはないだろう。バカバカしい。
 
 
松江市/鹿島町歴史民俗博物館を拝見した。
すぐ続けて松江市/風土記の丘も拝見した。
 
なぜだろう。奈良時代に力を入れるのは出雲風土記との
兼ね合いなんだろうが。。。
 
奈良時代特に⇒出雲風土記成立に力を入れる
という事は、
その前の時代考証=飛鳥時代後期に力を入れる事
になる。。。。????  
 
解せない。。。実に解せない。。。。
 
勿体ないのだ。せっかくの地の利が
 
これでは生かされない。。。。 
 
 
はっきり言って七世紀の前方後円墳なんて、
島根・鳥取は別段特集は要らないと思う。
 
やるなら墳丘墓や、四隅突出型古墳。
 
突き詰めれば、、、、。
 
四隅突出型古墳は島根メインでは無いのではないのか?
 
我々からしたら‘ふる出雲’における
 
四隅突出型古墳は
 
実は鳥取県が重要なスポット
なのではないのか?
 
 
300年頃の松江市八幡町/的場墳丘墓をなぜ
 
大々的に取り上げないのか?
 
あの特殊土器は一寸ただもんじゃない。  
 
 
空白の四世紀
266年~413年
まさか其処がアンタッチャブルだとしたら
 
まさに、此処が‘ふる出雲王国’の黄金期であり
 
滅ぼされた終末期であるのだ。
 
 
そしてここを解明すれば古代大和王国と邪馬壹国が
 
まったくもって、見当違いの
 
別々の国である事も証明出来るだろう。
 
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
わたしは、
 
はじめてだと思う。
 
 
正月だけなのか?
 
那売佐神社の本殿
 
扉が解放されていた。
 
御神酒もふるまわれていた。
 
綺麗な銅鏡も間近に拝見出来て幸せな一日となった。
 
とても清潔感溢れる
神殿であり、益々
 
大女神様に惹かれますね。
 
須世理姫様の本殿というのがよくよくわかる気が致しました。
 
大感謝大感激です。
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今日は、2015年3月24日(火)
 
冬が終わり、待ちに待った春がやってきた。
 
時の流れは早いのだ。
 
こうやって古出雲の民も何度となく桜を見ては
 
喜びほっとし神々に感謝し宴を楽しんだことだろう。
 
 
底無しの子持ち土器か、、、、、。
 
特殊な土器である。
 
これはいったいどういった使い方で
 
あったのか?
 
この道具がどのようなものであったのか?
 
 
考古学者さえ首をひねるのだ。
まして素人のわたしには学術的にわかるわけもない。
 
 
良くわかってない事はまだまだ数え上げればきりがない。
 
古代の弥生人は
どうやって銅剣・銅鐸・銅矛を製造したのか?
 
例えば‘ふる出雲’の民はあれだけの青銅器をどうやって
鋳造したのか?
 
考古学者たちはどう答えるのか?
銅メタルと錫メタルと鉛メタルを半島もしくは
大陸より仕入れてそれを融かしたと言うのか?
 
まったく馬鹿げてる。
 
  ‘古代の鋳造方法は謎に包まれていると’  言ってくれた方が
まだすっきり安心感があるのは私だけではあるまい。
 
こういった時に素人は抜群の合理的解決策を
発明発言するものだ。
 
そろそろ重鎮達に引導をわたしてあげよう。
 
 
タカナ・リカ=高品位銀鉱石を効率よく超高温で融かす
アイテムとは、
 
鋳造者には常識のグァイラスだ!
 
グァイラスとは土器製の風炉。
 
私が何を言いたいか?もうおわかりだろう。 
 
良く風の通る斜面に移動式精錬釜を置き
 
銅鉱石、錫鉱石、含ヒ素銅鉱石、
孤島より掘り出した鉛鉱石あたりを
経験的に農業用、戦闘用、祭器用と巧く使い分け
 
溶融鋳造製造していたのではないのか。
 
つまり
底無しの子持ち土器の正体はズバリ
 
①神名火山
②神名樋山
③神名樋野の斜面を利用した
 
グァイラス(風炉)だった。
 
 
これであれば底の無い理由もおぼろげながら
理解できる。
 
私は二十歳と1ヶ月になると
 
来る日も来る日も毎日毎日
 
青銅のようなモンを鋳造していた。
 
21歳を過ぎたころには
 
金や銀、パラジウム、
 
ホワイトゴールド、プラチナも毎日鋳造に明け暮れた。
 
しかも私の両目から2尺以内の処で溶融し
 
キャスト!=鋳造していた。
 
左手は固定。右手で力いっぱい回しながらの遠心鋳造法
ではあったが。。。。。
 
 
その私が断言するのだ。
 
間違いないよ。 
 
 
 
         やおよろず
ふる出雲には、八百万の神々が鎮座する。
今年最初の宝くじ
 
ゲットは!
 
ミニでした。
 
2枚で12,800円
 
一歩づつ踏みしめながらの
 
※宝くじ当選※
 
本年度スタートを
 
切りましたね。
 
今年も古出雲大女神々様に守られながら
 
良い年となる
 
そんな予感が
 
ひしひしとしております。
 
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